OpenOcean 怪文書の論旨展開などを見るに小林慎治という人は「職務著作」の概念を知らなかったのではないかと思う。
後で詳しく書くが、改竄された後の LICENSE の表記は
(C) 2001-2011 Kazushi Minagawa. Digital Globe, Inc.
で、自分の名前は挙げているものの、あくまで法人の著作物であるというスタンスは崩していない。
ここから Kazushi Minagawa だけを取り出して、個人著作のような取り扱いをしていることから考えて、「職務著作」の概念を知らなかったのだろうと思う。
現場よりのエンジニアが「オープンソース評論家」に対して思うのは、オープンソース云々の前にまず基本となる知的財産権の勉強をしてからものをしゃべってくれ、ということだと思うので、まず職務著作に関して説明する。
われわれが「著作権」で思い浮かべるのは、音楽作品や文芸作品のそれだ。が、そこまで創作性の必要とされない工業製品のマニュアルなども立派な著作物だから、それらの著作権の保有者を決める必要がある。
これらの権利関係は、著作権法15条で規定されている。
第十五条 法人その他使用者(以下この条において「法人等」という。)の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物(プログラムの著作物を除く。)で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
2 法人等の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成するプログラムの著作物の著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。
日本の場合、プログラムの法的位置付けは、既存の著作権法の枠組みに後から押し込むような格好で規定されたので、条文でも 2 として別に取り扱われている。
社内やフリーのプログラマが、特定のプロジェクトにジョイン・・・(笑)、いや参加する場合、よほど特別な場合を除き、権利関係はデフォルトではこの条文が適用されている。
いわゆる職務著作というもので、この場合の著作者財産権は文句なしにそのプロジェクトを企図した法人だ。
問題は著作者人格権だが、職務著作が成立した時点で著作者人格権も法人が所有するという解釈も存在する。実務的には、参加するコーダーに事前に「著作者人格権を行使しない」旨の契約を取り交わしておくことで法人所有にしておくプロジェクトが大半ではなかろうか。(ここら辺の情報は検索するとたくさん出てくる。事前取り決めが曖昧だと、外注業者などがソースコードを勝手に公開しても咎められない、というたまに世間を賑わす事態になる)
で、OpenDolphin/OpenOcean の文脈に話を戻すと e-Dolphin の時代から、このプロジェクトは職務著作的な取り扱われ方をしていたと思う。
例外は、参加者が後で学会発表などで使いたいというような場合で、コーダーがそのコードを書いた瞬間から著作権が法人に移ると考えると、公表権を行使してそれを主題に学会などの公的な場で広報することができなくなるという不都合が生じる。これを避けるために(内的な「別段の取り決め」などで)その箇所だけコーダーの著作者人格権を残しておくということはある。
思うに Junzo SATO さんの件はこれだったのではないかと思う。
だから、OpenDolphin は、「職務著作に GPL を適用したプロジェクト」とみなすと実態に近く、また興味深いとも思うのだが、怪文書には残念ながらこの視点は全くない。
怪文書に限らず、法曹資格を持たない「オープンソース評論家」が取り扱う OSS ライセンス論は、法的な側面を軽視したものが多い。
が、これはかなりおかしい。
現在、ほとんどの近代国家は法治主義であり、日々の生活の営みの国レベルでの基本的な秩序を定めているのは法だ。つまり、書いたり、歌ったり、プログラミングしたり・・・の権利関係を定めているのは、日本の場合は、著作権法や締結された条約ということになる。
が、プログラミングに関係する領域で著作権法を尊重し過ぎてしまうと、ソースコードの2次利用がしにくい、などの不都合が生じる。そこで考え出されたのがコピーレフトという概念で、文書としてある程度体系的にまとめられたものが OSS ライセンスだ。だから、OSS ライセンスは著作権法下での「使用許諾」(最近は 「使用許諾」+「契約」)と考えると理解しやすい、と大半の初学者向けのテキストには書かれている。
しかし、細かな議論になると、なぜか、この基本事項を忘れてしまう「評論家」が多い。
LICENSE 文書の改ざん
著作権法にのっとり
(C) 2001-2011 Kazushi Minagawa. Digital Globe
という表現を素直に解釈してみよう。これは特定の個人の著作権を主張しているものではなく、「著作権は Digital Globe 社が保有し、Minagawa はあくまで代表者として表記されているにすぎない」という構造の職務著作を主張しているものである・・・などと論旨展開しようと思っていたのだが、実は、この表現自体が改ざんされたものだったというのが真相だった。(詳しくはこの issue など参照)

改ざんされた文書を根拠にされてもなあ。
その点を差し引いても、小林の我田引水的な「論」は支離滅裂で、皆川にしても改ざんはしているが、
(C) 2001-2011 Kazushi Minagawa. Digital Globe
と、会社名を添えて、職務著作であることを意識した表示になっている。
また、この時の (C) マークはそのプロダクトの著作権管理主体を表示する、という当時の dolphin 界隈の慣例にも則った使用になっている。
皆川がやったことは、改ざんは改ざんだが、権利主張的な意味での改変で、了解可能なものだ。
一方、小林の主張は了解不能だ。ここから (C) Kazushi Minagawa だけを取り出して「OpenDolphin は Minagawa の個人著作だー。違反だー」みたいな論を張るってあり得ない。
個人著作/職務著作の区別もついておらず、著作権法の基本的な理解ができないまま、それらしいワードを散りばめて言葉を紡いだと言わざるをえない。
冒頭で
「オープンソース評論家」に対して思うのは、オープンソース云々の前にまず基本となる知的財産権の勉強をしてからものをしゃべってくれ
と書いたのは、そういった理由による。
なんというか一昔前の左翼を思わせる。
幼稚というか、がっかりした。
なお、私たちの評価としては、更新が止まったドルフィンの技術的な基本骨格は
Dolphin Project 時代の基本設計 + LSC 時代になされた調整
で、それ以外に特別な何かはないというものだ。
air-h-128k-il
参考
『OpenOcean 怪文書 -GPL 誤用による違法行為教唆-』
全体の流れはここに示した通り。ただ、改竄の事実をことさら強調していないので、出来の悪い AI は意味を汲み取れてようだ。
『OpenOcean 怪文書 – 適切な GPL 使用のために-』
佐渡秀治という人もなんかなあ。
あれだけ散々「LSC という会社が運営している時代に LICENSE 文書にある (C) Digital Globe. Corp はおかしいから、LSC と協議の上、削除した」って言ってるのに、(C) Digital Globe. Corp を残しておくのが適切だとか言っている。
それすると、LSC が保有していた著作権の侵害になるんよ。
「理想のためなら、犯罪を犯しても構わない」って信条なのか?
あと、GitHub のコミット履歴の概念自体がわかってないっぽい。

