エビデンスにはレベルがある

これも facebook のとあるグループに投稿したのだけど、けっこう評判がよかったようなので、修正して転載。


一般の人とある程度学問的訓練を受けた人で「エビデンス」に関する捉え方の差があると感じたので、ちょっと投稿します。
図(この記事ではアイキャッチ)はエビデンスにもレベルがあるってことを言っています。
医学で治療ガイドラインに反映されるような研究は、1a 1b クラスです。
例えば、ある治療法Aが従来法Bより優れていることを示したい場合、被験者集団をA治療群とB治療群にランダムに振り分け、結果を比較し、その差が統計学的に意味のあるものでなくてはいけません。これ「ランダムに振り分け」ってところがミソで、これでAとBの均質性を担保しているわけです。A集団とB集団には治療介入「前には」差がなかったので、Aの結果が良好だった場合、「A治療によって、●Xの効果が出た」という因果関係が言えるわけです。

ランダム割付を伴わない前向き比較研究の場合、2a に「格下げ」になっていますね。これは例えば被験者が自分がA治療を受けていると知っている場合、その効果が治療結果に反映する可能性があるため、信頼性が若干落ちるということを言っていると思います。

1b クラスの結果を得るためには相当の手間がかかるのはわかるかと思いますが、では、このようにして得られたエビデンスで実際の治療行為すべてを覆えるかというとそんなことはないと個人的には思います。

例えば、様々な研究から「うつの第一治療選択薬は SSRI」というエビデンスがありますが、実際の患者さんは「高齢者でベースに認知症があり、どうやらそれに関係して抑うつ状態がでているようだ」というエビデンス単純当てはめが効かないケースが多いからです。さらにこの患者さんが腎機能や肝代謝機能が悪く、エビデンスが示唆する至適量まで薬を投与できないときもしばしばあります。
この場合、意外に役に立ったりするのは、症例報告の類であったりします。文献を探していると、「腎機能低下のため抗うつ薬を少量投与、Cという漢方薬を併用したら、抑うつ状態が改善した」という症例報告を見つけるかもしれません(あくまで例えです)。この場合、エビデンスレベルは低くても(レベル5)、実際に担当している患者さんと条件が類似している場合、この治療法を試してみる価値があると思います。

EBM(Evidence-Based Medicine)は、確かに「科学的」ですし、尊重すべき考え方だと思いますが、実際の臨床はそれに収まりきれないものだというのは頭の隅に留めていておいて良いことだと思います。
それと、後ろ向き研究(=A群とB群をカルテ記載を元に比較するような研究)では、A群とB群の均質性が担保されているとは言いきれないため、「相関関係は言えても、因果関係は言えない」ことが多いです。
啓蒙医学雑誌ライターやマスコミの方が、ここらへんを曖昧にして話を「盛って」書いてしまう記事が(私の目には)けっこう多いように思います。
論文などをそれなりに正しく読むってのは、けっこう面倒だったりします。

より詳しく知りたい人は

論文メモ:Empirical assessment of published effect and power in the recent cognitive neuroscience and psychology literature (Szucs & Ioannidis, PLoS Biol, 2017)』  「六本木で働くデータサイエンティストのブログ」より

などをご参照ください。認知神経科学の分野の論文は「偽陽性」を「陽性」に含めて報告されているのでは?みたいなことが書かれています。ただし、一般の人だと、この記事はちょっと難し過ぎるかもしれません。

気をつけて欲しいのは、「エビデンスではあるのだけど、因果関係までは言いきれてないエビデンスレベル3・4あたりの研究をさも普遍的な真実であるかのように権威づけで宣伝などに使ってしまう」ような例です。
それがわかっていれば、アヤしげな民間療法に騙されることはぐっと減ると思います。

猪股弘明 東京都医学総合研究所客員研究員

 

一例モノ

ECTに関する超絶マニアックな症例報告を某国研究者向けSNSに置いておいたら、100 回読まれたとか。
いわゆる一例モノなのだが、ガイドライン的な治療戦略がうまくいかなかった時、後ろ向き研究の類より一例モノの方が役に立ったりする。
個々の症例から出発して、一般的なところに抜けていく、というのが臨床の面白みの一つではないかと私なんかは思うのだが、世界に 100人くらいは同様の考え方をしてくれている人がいたようで嬉しい限り。

猪股弘明 精神科医

東京都医学総合研究所客員研究員

精神病院と『眠れる美女』

 

精神病院は慣れないと食欲も出ないという人も多いようだが、鉄格子から吹く風に心地良さを覚えるくらいでないとやっていけないと思う。
今日の当直の検食。鯵の南蛮漬けがけっこう美味。

検食後、「死にたい」と訴える60代男性を診察。聞けば性的能力が衰えてきて色々なことが楽しめくなったという。興味の減退(+)、自責の念(+)…etc
→傾聴
が基本なのだが、ここら辺が当直のいいところ。時間を気にせず 30 分ほど加齢と性の問題について患者さんと話し合う。認知の歪みをさりげなく修正。さらには、この手の問題を苦手としてそうな女性看護師さんに後期川端文学における老人と性のモチーフなどを語る(『眠れる美女』のあらすじだけでも知っていて損はないと思う)。最後にこの問題を解決してくれそうな現実的なプランを提示。
患者さんも興味を示したようだが「お金は後見人が管理していて・・」と困難感を訴える。だが主体的な解決法を自ら考え始めたことを肯定的に評価し、そのことをお伝えする。スタッフに今日聞いたことを伝えて良いか確認を取る。「女性看護師さんに知られると恥ずかしい」と主張したため、男性スタッフ限定で情報の共有の了承を得る。
意外に早期解決するのではなかろうか。

猪股弘明(精神科医)


初出は facebook。タイムラインで流しましたが、デリケートな部分もあるので適宜表現を変えています。

高機能型境界性人格障害 High-Functioning Borderline Personality Disorder

前々からBPD(Borderline Personality Disorder 境界性人格障害)には、下位分類が必要では?と思っていたのだが

Research on Borderline Personality Disorder Subtypes

などを読むと、まだ一定の結論は得られていないようだ。

以前にも確か Twitter で「人格障害は病気なのか? 普通の健常人との違いは何か?」という質問をもらったことがあるのだが、そのとき「高機能型BPD は一見すると健常人と見分けがつかない。診察を続けていってようやく気がつく」みたいに返したと思う。
高機能型というのは、従来の典型的な BPD 患者(= 派手にリスカするようなタイプ)を低機能型ととらえ、少なくとも社会的「機能」は損なわれていない BPD の一群を低機能型とあえて区分して呼びたいときに用いられる言い方だ。世間的に知られている人の中では、例えば、ダイアナ妃がそうだったのではないかと言われている。
BPD はしばしば「ボーダー」と呼称されている。もともとこの疾患は、一昔前の精神科領域での二大疾患「統合失調症」と「うつ病」の「境界(ボーダー)」に位置付けられるとされていたため、その名残で今でもそう呼ばれているのだ。ただし、現代では、境界領域にある疾患などではなく、「人格が特異な方向に偏った」疾患群である「人格障害」内に位置付けられ、女性に多く、偏った母子関係・生育環境を起源とする独立する疾患と考えられている。

なお、従来の BPD の診断基準は DSM-5 では以下のようになっている。

DSM-5の境界性パーソナリティ障害(BPD)の診断基準(簡略化されたもの)

(1)見捨てられる体験を避けようとする懸命の努力。
(2)理想化と過小評価との両極端を揺れ動く不安定な対人関係。
(3)同一性障害(自己像や自己感覚の不安定さ)。
(4)衝動性によって自己を傷つける可能性のある、浪費薬物常用といった行動。
(5)自殺の脅かし、自傷行為の繰り返し。
(6)著明な感情的な不安定さ。
(7)慢性的な空虚感、退屈。
(8)不適切で激しい怒り。
(9)一過性の妄想的念慮もしくは重症の解離症状。

(詳しくは、『林直樹先生に「パーソナリティ障害」を訊く』などをご参照ください

内面に関するものと行動パターンと対人関係に関する項目が並んでいるため、わかりにくいのだが、高機能型では、このうち対人関係に関する症状(1, 2, 5 など)が特定の人に向けられており、社会的な場ではこういった症状が出ることはほぼないといわれている。それゆえ、社会的な適応も取れていて、一見すると健常者のように見える。
「高機能型BPD は一見すると健常人と見分けがつかない」と書いたのはそういった事情による。

 

(続く)

 

医学部再受験組・学士入学組あるある?

以前に「データベースによっては私は別人登録されているみたいですが、上記の STM 関係の著者と ECT 関係の著者と HorliX の開発者は同一人物ですので、そこらへんよろしくお願いします」と書いたことがあるのだが、J-GLOBAL ではようやく名寄せ ID が統一されたようだ。

お手配ありがとうございました>関係者のみなさま