【Webで】薬剤師現場に出る -アルコール依存症と歩行困難-【添削】

今回は、けっこう新しめの投稿のリライトをします。

私の生徒さん(のようなもの)が書いたブログ記事を私が修正するとこんな感じになります。


70代男性、独居。以前アルコール依存症で入院されたことがある。その際、足が悪くなり当薬局に在宅の依頼をされた(なお、患者様の特定を避けるため、個人情報は適宜変更しています)。

訪問を何回か重ね打ち解けてきた頃、こういう質問があった。

患者
実は、私は若い頃、アルコール依存症だった。

そのせいで脳が萎縮している。

足が悪くなったのはその脳の萎縮のせいだと思うが、本当かどうか教えて欲しい

(あれ、脳の萎縮で機能障害でたっけ?)

(歩行障害だけ出るものなんだろうか?)

(あれ? あれ?)

………

……

 

即答できなかったので、勉強したことを書きます。

(訪問は本当に勉強になります。「患者様から学ばせてもらう」とはこういうことだったのかと日々痛感しています)

 

TOKIO のナントカさんではないですが、アルコール依存症は、治療が難しい疾患で、その原因の一つに、患者さん本人の治療への意欲が維持しにくいという点があげられる。

患者さんのモチベーションを維持するために治療現場では、様々な工夫がなされている。例えば、医療関係者からのアドバイス。

よく、こんな図がひきあいに出される。


参照: A Spiritual Evolutuion

 

左が健常者の頭部 MRI 写真、右が同年代のアルコール患者さんの MRI 写真。一見してわかるように、アルコール患者さんでは、脳室が拡大しており、それは、脳が委縮したことを意味している。

要するに「お酒ばっかり飲んでいると、脳がこんな風になっちゃうよ」と患者さんの不安を煽って治療につなげようという考え方だ。このとき

  • ここまで萎縮が進むのはかなり長期にわたる飲酒歴が必要
  • 萎縮があっても必ずしも機能が損なわれるということはない

ということは(あえて)あまり強調しない。イメージによるインパクトを期待しているわけだ。これはそれなりに効果があり、たとえ治療から脱落しても、「飲酒→脳の萎縮」は患者さんの記憶にかなり強く刷り込まれる。

冒頭の質問に戻ると、この患者さんは、過去にこのような治療歴があり、この手のイメージが強く残っていたがゆえこの質問に至ったと思われる。

こういった治療手法(=患者さんの不安を煽るような手法)が現在ではもはや時代遅れになりつつあるという事情と患者さんが既に依存症を脱しているという状況を鑑み、私はなるべく正確な情報をお伝えした方がよいのではないかと思った。

主治医に患者様の質問を聞いたところ、歩行困難は、ウェルニッケによる疑いが強いという。

ウェルニッケ(この場合は、ウェルニッケ-コルサコフ症候群)とは、大量飲酒によるチアミン、ビタミンB1の吸収阻害により脳がダメージを受けることによって引き起こされる症候群で、急性期のウェルニッケ脳症と慢性期の(ウェルニッケ)コルサコフ症候群からなる。

①ウェルニッケ脳症:精神錯乱、筋肉の動きの調和が乱れる、眼を動かす神経が麻痺する、などの症状が出現。

②コルサコフ症候群:ウェルニッケ脳症が慢性化すると起こる。記憶喪失を含む記憶や学習障害、歩行困難などの症状が出現。作話が特徴的。

なお、ウェルニッケ(コルサコフ)と略称されるのは、ウェルニッケ脳症を経由しないコルサコフ症候群もあるからだ。

確かに、処方薬にはビタミン剤が含まれていた。だが、ウェルニッケの可能性があることには気がつかなかった。私も、どこかで「脳の萎縮→機能障害」という単純な発想にひきづられていたのだ。ウェルニッケにしても大学の薬学教育では習わないし、習ったとしても現場に出る頃には忘れている。歩行障害の遠因は、アルコール依存症にあることは間違いないが、その直接の原因は、脳の萎縮によるものではなく、ウェルニッケ-コルサコフ症候群によるものである可能性が高かったのだ。

さて、次回、訪問時、これをどう説明しよう?


ちなみに、元記事はこんな感じでした。


70代男性、独居。以前アルコール依存症で入院されたことがある。その際、足が悪くなり当薬局に在宅の依頼をされた(なお、患者様の特定を避けるため、個人情報は適宜変更しております。)。

(質問)アルコール依存症で脳が萎縮して足が悪くなったのではないかと思う。足が悪くなったのは脳の萎縮が原因か調べてほしい。

(私)アルツハイマー型認知症(以後、認知症という。)も脳が萎縮するが、それが原因で足が悪くなった例は聞いたことがない。認知症で徘徊が問題になるくらいだから、脳の委縮だけで足が悪くなるとは考えにくい。

認知症は、神経繊維変化の出現により、物忘れをひきおこす。アルコール依存症も神経の変性によって不随意運動等が引き起こされる。

アルコール依存症の末梢神経障害は、アルコールの過剰な摂取で食事のバランスが崩れたことによる栄養素の欠乏が主な原因と思われる。今回の患者様の歩行困難は、大脳の萎縮によるものか、栄養から来るものかわからなかったが、主治医が、ビタミン剤を処方していることからビタミン欠乏による神経障害と考えられる。

と、ここまで予習をして主治医に患者様の質問を聞いたところ、歩行困難は、ウェルニッケの疑いという回答が返ってきた。

ウェルニッケ(=ウェルニッケーコルサコフ症候群)とは、チアミン、ビタミンB1の欠如による脳のダメージによって引き起こされる病態で、急性期のウェルニッケ脳症と慢性期のコルサコフ症候群からなる。

①ウェルニッケ脳症:精神錯乱、筋肉の動きの調和が乱れる、眼を動かす神経の麻痺

②コルサコフ症候群:ウェルニッケ脳症が慢性化すると起こる。記憶喪失を含む記憶や学習障害、歩行困難など。

詳しくはこちら(↓)のHP参照。

久里浜医療センター

参考までに小脳が萎縮するアルコール性小脳失調症もある。小脳は、バランスをコントロールする部位である。歩行困難、身体の胴の震え、腕や足のぎくしゃくした動き、ろれつが回らない、眼振(眼球が無意識に動くこと)を含む症状が出る。

次回訪問時、主治医の診断を踏まえ、栄養素の欠乏による疾患であることを説明したいと思う。

引用:こちらからの翻訳


これでも、そんなに悪くないと思います。ただ、以下の観点から修正しました。

・時事ネタと絡める

・「脳の萎縮」=「歩行障害」ではない例として、認知症を挙げているが、本筋からはそれるので削除。

・患者さんが質問したとき患者さんが頭に浮かんでいたことを推測し、適切な図を引用する

・アルコール依存症の治療法の歴史を軽めに触れ、自分なりの評価を盛り込む

・久里浜の引用もちょっとおかしなところがあるので、ウェルニッケを経由しないコルサコフについて言及

・現状の薬剤師卒前教育に関する問題点を軽く触れる

・次回に期待を持たせる

・アイコン、アイキャッチなどを追加

でしょうか。

 

 

失神と TIA とパニック障害

失神、つまり、一過性の意識障害は、臨床的によく見られる症候だ。以前は、「心疾患が原因となるものは要注意。TIA(Transient Ischemic Attack …一過性脳虚血発作)であれば、特にすることはない」(by 私の初期研修の内科指導医)などと教えられていたのだが、今は状況が変わっている(TIA で意識消失になるということはそれほど多くないという事情もあるが)。

というのも、

・TIA発症後90日以内に脳梗塞を起こす可能性が15~20%とそれなりに高く、その 15~20%のうちの半数は、48時間以内に発症

・24 時間以内に症状が消えてもMRI拡散強調像では脳梗塞像が見られる場合が多い

ということが次第に明らかになってきて、TIA は「脳梗塞の一歩手前。けっこう危険な状態」という認識に変わったからだ。近年の疫学と画像診断の成果は凄い。そういうわけで、今では立派な治療の対象になっている。

評価は、ABCDDスコアが有名。

治療は、特に脳動脈の狭窄などがなければ、脳梗塞発症予防として低用量のアスピリン投与が推奨されている。

 

ところで、なんで柄にもなくこんな真面目な記事を書いたかといえば、知り合いの介護ヘルパーの方が、先日、エレベーター内で失神し病院に搬送されたから。

ちなみに、そこの病院では、心電図とったのみで無罪放免。まあ、TIAは疑わなかったわけですね。(エレベーター内での迷走神経反射くらいの読みでしょうか)

私が、興味を持ったのは「それ以降、エレベーターに乗るのに抵抗を覚えるようになった」というヘルパーさんの弁。いきなりパニック障害になることはないだろうが、回避行動の萌芽は見られる。

なお、件のヘルパーさんには、TIA絡みとパニック障害の話をして、けっこう感心された。いきなり意識が飛んだのだから、不安になるのは当然。不安を解消するためには、医師の総合的・包括的な評価を伝えるのがけっこう有効なのかなと思った次第。

 

つけたし

ABCDD (=ABCD2)スコア

名称 内容 点数
A (age) 60歳以上 1
B (blood pressure) 収縮期≧140 or 拡張期≧90 1
C (clinical feature) 片側脱力 2
脱力なしの言語障害 1
D (duration of symptom) 60分以上 2
10分以上60分未満 1
D (diabetes) 糖尿病あり 1

TIA発症後2日以内の脳梗塞のリスクは3点以下では1.0%、4~5点で4.1%、6点以上で8.1%。4点くらいから、入院治療が必要というのが、専門家のおおよその見解。

 

スージャヌと併用療法

以前、

組み合わせと最適化と IT

というエントリーで経口の糖尿病治療薬は併用療法にトレンドが変わってきている、というようなことを書いた。

そのトレンドにそった新薬が登場した。

先日(2018/03/23)、シダクリプチン(ジャヌビアⓇ)とイプラグリフロジン(スーグラⓇ)の配合錠であるスージャヌⓇの製造販売が承認され、年内には市場に出回る予定だという。

スーグラとジャヌビアの合剤だからスージャヌ。安直なネーミングという意見もあろうが、この種の配合錠は今後も上市されるだろうから、この命名規則で徹底するなら徹底してほしい。

ところで、私はこの手の併用療法が大好きだ。

単剤で上手くいかないとき、自分なりの判断基準で併用薬を選ぶ。奏功したときは気分が良い。うつに対する SSRI + α しかり、高血圧治療薬しかり。

今回は、以前のメインであった SU 剤をすっ飛ばしての DPP-4 阻害薬 + SGLT2阻害薬だから、なおさら私好みだ。さっと見たが、治験の成績もよい。1 日 1 回投与(朝食前または朝食後)ですむというのも便利。

機序に関しては『「新しい」糖尿病治療薬』あたりを参照のほどを。

難を言えば、成分量 1:1 (実際には 50mg : 50mg )で配合されているので細かい調整ができない点。専門家筋からは、顔をしかめられるかもしれないが、2 剤のところを 1 剤ですむというのは、患者さんの服薬コンプライアンスを考慮するとメリットは大きいと思う。

 

 

MRT の米山先生も大変だよね。 その3

本日発売の週刊文春読んでみました。おおむね、前回記事の通りの内容。明確になったのは、同時期に複数の女性と交際していたこと、それが知事になってからも続いていたこと、などでしょうか(「ハッピーメール」というのは文春情報でした)。

この事実から、これは売春防止法に抵触するのではないか?という問いかけ・叫弾になっているわけです。

これが文春砲というやつですか。恐ろしや…。 “MRT の米山先生も大変だよね。 その3” の続きを読む

MRT の米山先生も大変だよね。 その2

所用があって全部は見れなかったのですが、記者会見の後半の方を見てました。

今回の会見では、いわゆる女性問題の進捗状況などがより詳細に語られましたが、米山センセもいってましたがなんとも「わかりにくい」状況なようです。

ネットで拾った情報なども交えてまとめると “MRT の米山先生も大変だよね。 その2” の続きを読む

MRT の米山先生も大変だよね。

ニュースになっているので、知っている方も多いと思うが、新潟県の米山隆一知事が女性問題で辞任の意向を示した。

この米山知事、医師の間では、政治家のというより MRT の米山センセとして有名である。MRT というのは、ディカルサーチアンドクノロジー社のことで英語表記したときの頭文字をつなげたものだろう。

この MRT 、医師向けのアルバイト紹介会社として有名であった。 “MRT の米山先生も大変だよね。” の続きを読む

医療等ID

医療等 ID という言葉をそろそろ耳にするようになってきた。

一言でいえば、医療保険分野でのマイナンバーである。今年(2018)から試験的に導入され、2020 年から本格運用が始まる。ただし、マイナンバーとは違って、場合によっては、一人に二つ(以上)の番号が付与されることがある。 “医療等ID” の続きを読む

マブ?

グーグルの中の人が最近いうには、「今後は医療関係者のサイトを重視するが、専門家はもっとわかりやすく書いてほしい」だそうだ。

当ブログは、nomad があちこちで書いてきたものをリライトしたものがコンテンツのメインであったりするが、今後はこの点に注意してなるべく一般の人にもわかるような記載をこころがけていきたい。

ところで、セミプロ(医療事務さんや医療系学生など)の人からよく訊かれる質問に「抗がん剤の一般名は、リツキシマブ(リツキサン®)、トラスツズマブ(ハーセプチン®)など語尾が〇△マブで終わるものがたくさんあるが、何か規則性でもあるのか?」というのがある。 “マブ?” の続きを読む

眼のまわりがピクピク

総合病院で外来を持っていると、どの科にもあてはまらないような患者さんが振り分けられることがままある。

例えば、眼の周りがぴくぴくと不随意に動く患者さん。眼瞼痙攣とか開眼困難とかとにかく顔面筋の異常収縮が出ている人はそれなりいる。

身体的な問題はなさそうだし、となると、どういったアプローチを考えるべきだろうか? こういうとき精神科の経験は役に立つ。それなりに論理的に考えられるようになったと思う。

この現象を

(1) 過度の緊張

(2)(向精神薬が入っている場合には)副作用+ストレス

(3) てんかんの部分発作

ととらえてみると何をすべきかはっきりしてくる。(1)ならば不安をとってあげるために抗不安薬を投与。ソラナックス、レキソタンあたりか。(2)ならば抗不安薬に加え抗パーキンソン病薬を処方。(3)なら抗てんかん薬を処方することになる。

…とまあ、こんな具合に仕事をすることになる。



フーコー『精神医学の権力』書評

精神科シリーズ第三弾。

高校の頃、哲学にも興味があり、フランス語も読めないくせにミシェル・フーコーの著作に惹かれた。全然理解できませんでしたけどね。

医師になり精神科を通過しているときにフーコーの『精神医学の権力』という本を読んだことがある。そのときに某所で書評を書いた。精神科の専門の先生方にも評判がよかったようなので再掲する。 “フーコー『精神医学の権力』書評” の続きを読む