せん妄とか幻覚とか

柳原病院事件一審判決

一般メディアでの取り扱いは地味なように思うが、医療関係者の間では『柳原病院事件』に無罪判決が出たということで話題になっている。
これに触れて以前に某所で記事を書いたことがあるので、こちらでも掲載。


これはやっぱりせん妄や覚醒直後のもうろう状態で見た幻覚のような…

精神病理を専門にしているわけではないが、「せん妄」や「幻覚」は総合病院勤務時にはリエゾン(↓)などではしょっちゅう診察していたのでポイントを書いておく。
江川さん(『乳腺外科医のわいせつ事件はあったのか?~検察・弁護側の主張を整理する』のこと)も微妙に区別ついてないよね。

リエゾン。リエゾン精神医学のこと。仏語の Liason 「連携」、「つなぐもの」より。精神科が不眠症や抑うつ状態で他科管理の患者さんの診察依頼を受けるときこういう言い方をする

「せん妄」はわかりやすく言えば「意識野が狭く浅く」なった状態で、それゆえ注意の転動が起こりやすく見えてはいけない幻覚などを見てしまう。(例:点滴ラインを「蛇に噛まれている!」などと自己抜去する。看護師さん泣かせ)また、原則、記憶の連続性は保たれない。ただし、この場合の幻覚は、奇異な感じはあまりない。廊下の看護師さんの足音を「悪魔が近づいている!」などというように現実の感覚由来のどこか了解可能な感じがある。

なお、統合失調症などで陥る「幻覚妄想状態」は、幻聴や幻視など「現実には存在しないものが(本人だけには)はっきり聞こえたり見えたり」している状態で、第三者から見て了解不可能な奇妙なものが多い。しかし、意識自体の連続性は保たれているので、そのときのことを記銘・保持している場合が多い。
ある患者さんに「(強制)入院したとき、先生、屈伸運動してましたよね」と言われたことがあるが、その記憶内容はまったく正しかったりする。その通り、あなたがタックルしてきた場合に備えて、身体をつくっていたのだよ。

今回の場合は、この手のわかりやすい「術後せん妄」や「幻覚」などではなく、かなり生々しい自覚があるため、麻酔薬覚醒時のもうろう状態で見た幻覚や夢の類だと思うんだが。
問題はプロポフォールでこの手の性的な内容を含む幻覚や夢がおこる頻度。ケタミンなら、(頻度が高いため)ほぼほぼこれでいいような気がするんだが、プロポフォールはどうなんだろ。

【参考】
Sexual hallucinations during and after sedation and anaesthesia
を読むと頻度までは書いてないが、プロポフォール propofol でもいくつかの症例報告がなされていることがわかる。

今回の裁判では、こういったエビデンスを重視した判決になっていたようです。よかった。


若干、表現はマイルドにしました。twitter でも200RT超え。RT していただいた皆様、ありがとうございます。

twitter 関連サービス、こんなのもあるんだ…


高裁初公判

せん妄の可能性、事件がおきた状況、科捜研の杜撰な試料管理などがあり、第一審の判断は、医療関係者のみならず一般の人にも支持されていたようだが、検察は懲りずに高裁に控訴してしまった。

m3 というサイトにその初公判の模様を描いた記事が掲載されている。

乳腺外科医事件で高裁初公判、男性外科医側「ここに犯罪はない」

医療者限定公開の記事ゆえ、一般の方々にお見せできないのが残念だが、もう残念なくらい、検察側の分の悪さが際立っている。

特に、この記事で話題になったのは、検察側証人の井原裕氏(獨協医科大学埼玉医療センター・こころの診療科診療部長/教授)のユニークな言説だ。

一審で「術後せん妄による幻覚・錯覚」であることが認めらているわけだから、これを覆すには相当に精緻かつ巧妙なロジックが必要とされるのだが・・・。

ここで井原教授、酩酊に関する分類を参考にしながら「せん妄であったが、幻覚ではない」という斬新な理論を披露した。

もちろん、酩酊とせん妄は違うので、何かその基本的なところから間違っている気もするのだが、こうでも言わないと検察側のロジックとしてはまずいわけだ。
だが、最初の方でも書いたように、せん妄とは「意識野が狭く浅く」なった状態で、それゆえ注意の転動が起こりやすく幻覚などを見てしまいやすい状態だ。一般的に、「XX があった」というより「XX がなかった」というのは難しい。法廷でも井原氏は「ない」という明確なロジックを示すことができず、逆に

・上であげた症例報告を誤読している

・井原氏は専ら司法精神医学を専門にしており、せん妄に関しては論文・学会発表の経験はない

ことなどを弁護士から指摘されるなど散々な内容であったようだ。

 

精神保健指定医

猪股弘明

 

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