医療機器業界の『ぼったくり』

ブログも続けていると認知度は上がってくるようで、先日、SNS でばったり読者の方と出くわした。

こういう反応はありがたい限りですね。

ところで、この垢の中の人はどうやら医療機器業界の(医療)現場に近いところで働いている業者さんのようだ。

で、ツィの内容から分かるようにこの業界のある種の悪しき慣行に深い憤りを覚えておられる。

一般の人には信じられないかも知れませんが、このエピソード、特に話盛ってません(苦笑)。

一応、国の政策としては『医療機器の価格の適正化』が謳われているのだが、その背景にはこういった事情があることも原因の一つだろう。
ただ、政策の効果はどうなんだろうね。それほど効果が上がっているようには思えない。

その原因や解決方法、現状に対する認識などは、みなさん言いたいことはあるだろうし、私も思うところはあるので、機会があったら書いてみたいと思う。

 

猪股弘明
精神科医(精神保健指定医)

(追記)一般的医療者から見ると、医療機器業者は「悪」なんですが、最近は医療系資格を持ちながら IT 関係に従事している人も増え、そう言った人たちから見ると、「医療情報の重要性が増しているにも関わらず、何にもしない(できない)一般医療職は『不勉強』」という意見もあります。念の為、追記。

 

精神科医の物理概念の理解がひどすぎると思った件

以前にも述べたのだが、大概の精神科医は物理・数学などの定量的な学問を苦手としている。

具体的には

たまに「電位」と「電流」をごっちゃにしている人がいるレベルw

さすがにそこまでの人は滅多にいないんだが、電磁誘導あたりまでくるとかなりアヤしい。

そして電磁誘導は TMS や MST の原理の基礎となっていたりするから厄介だ。
おぼつかない理解で施行するのは患者さんにとって迷惑でしかない

よく電磁誘導は「磁束が時間的に変動する環境に置かれた導体に電位差(電圧)を生じる現象」と説明されているが(wiki でもこう解説されている)、別に電磁誘導が起こるのは「導体」に限らないはずだ。
導体に限られていたらどうやって宇宙空間で電波を使って通信できるんだろう?
正しくは、以下のような感じじゃないかと思う。


Maxwellの方程式のうち、微分形のファラディー-マクスウェルの式は以下の通り。

∇ x E = -∂B/∂S

ここで、空間内にある面Sを考え、その外周をCとしたとき、上式の両辺をS上で面積分する・・云々とすると

V(いわゆる電磁誘導による起電力)= -d(BS)/dt(磁束の時間変化)

という式が出てくる。
これは
「透磁率が定義できる空間であれば、BS が時間的に変化した場合、起電力が生じる。その大きさはBS(磁束)の時間変化に等しい」
ということを意味している。

注意すべきは、この誘導過程で「導体」などという概念は一つも出てきていないことだ。

現在存在する宇宙(およびそれが従う物理法則)で透磁率が定義できない空間は考えにくいのでこれは空間のほとんど至る所で成立する基本法則なのだと理解されていると思う。
(よく物理プロパーの人が、「真空」と「何もない状態」は違う、と禅問答のようなことをいうのはこれが理由でしょう。真空中でも透磁性や誘電性はあるので)

だがら、電磁誘導が起こるのは「導体」に限った話ではない。


さらに困ったことに、生体組織は通常「誘電体」に分類されるので、人によっては「誘電性が強い生体でなんで電磁誘導によって電流が発生するのか???」と混乱してしまうと思う。

また、最近の医学部では学士入学者が増えてるから、そういう人からすれば、まったく物理的なトレーニングを受けてもいない医師から(ニューロモジュレーション界隈が多い)この手の変な解説されたりすると「なんで、こんな基本的理解もできてないやつから、レクチャー受けなきゃならんの?」とモチベーションだだ下がりになる。

この問題は「それなりの専門性を有する学士入学者をどう活用するか?」という話にも繋がるのかもしれないが、そこまで話を広げなくても、そういう状況なのだから、少なくともレクチャーする側にはそれなりの準備をしてこなければまずいんじゃないかと思う。

 

猪股弘明
精神科医(精神保健指定医)

 

 

MST(Magnetic Seizure Therapy) について

立場上、流石にノーマークというわけにもいかないので、MST (Magnetic Seizure Therapy: 磁気けいれん療法)に関してちょっと調べ始める。
https://www.magventure.com/tms-research/magnetic-seizure-therapy

2T(MRI なみ)の磁場かけているというのは知らんかった。
脳内の電流強度(分布)や電位勾配(分布)がいかほどになるかは、手が空いたら調べてみたい。
なお、アイキャッチ写真で被験者は覚醒してますが、けいれん誘発させるんで、当然、麻酔かけます。

ところで「磁気を使って脳細胞を刺激する」となると TMS が連想されるが、TMS と MST とでは狙っている作用機序が違います。
TMS は(けいれん誘発まではさせないが)磁場の変動によって生じる比較的「弱い」電流でニューロンを「刺激」してニューロンを賦活する(ただし、重度のうつにはあまり効果はない)、MST は(その反省もあってか)積極的にけいれんを誘発させて効果発現を期待する、というのが狙いです。

ここら辺の発展は、歴史的に見るとわかりやすいかと。
まず治療法としてはECTが確立
→人権派団体などの反対もあって「けいれんをおこさずに『弱く』神経細胞を刺激する」TMSの誕生・普及
→が、中〜重度のうつにはTMSの効果がイマイチ。「やはり、けいれんは必要」という揺り戻し
→MST の開発
という流れです。

猪股弘明
日本精神神経学会ECT・rTMS等検討委委員会委員(なぜか2期目に突入)

 

電子聴診器 digital stethoscope

ちょっと興味があって、いわゆる「電子聴診器」を調べてみた。

日本だとパイオニアが U10 というのを製造・販売している。

以前に「これ、試作機ですか?」って感じの段階のものは、ネット上か何かで見かけたことがあったんだが、その頃より格段にデザイン性が向上していてびっくり。
ただし、データは専用アプリでしか閲覧できないようだ。

米国だと Eko というところが、かなり完成度の高いプロダクトを生産している。
見ての通りデザイン性はいい。
通常の聴診器としても使用でき、「電子聴診器」として使いたい場合は、トグルスイッチを押し込んでモードを変更するようだ。
デジタル化したデータは、ブルートゥースで iPhone・android の専用アプリに飛ばせるし、さらにそのデータに基づいて AI である程度の「自動診断」が可能なようだ。

さすが、リットマンの正規商品ラインナップに並んでいるだけはある。

おそらく、日本でも個人輸入で購入できるとは思うが、AI 判定などの機能は医療機器(電子聴診器だけでも日本の薬機法ではクラスII相当)に該当するので、この機能を日本の臨床現場でおおっぴらに使うのはちょっと差し障りがあるかもしれない。
アナログモードで使う分には問題ないと思いますが。
まあ、そこらへんは大人としての配慮を(笑)。

たぶん、こちらの方はデータも外部抽出できるかな。

 

ところで、なんで、「音」関係に興味を持ったかといえば、医療で出てくる波型データとしては、もっとも馴染み深いものだから。

同じ波型データとしては、心電図あたりはたびたび AI 研究の対象にもなっているが、こちらはあまり取り組まれていない。

電子カルテや DICOM ビューアを手がけている手前、こういったデータもデジタル化して取り込めないかと思った次第。

 

 

猪股弘明
医師:精神科医(精神保健指定医)
HorliX: developer
OpenDolphin-2.7m : developer

なお、心音図そのものの勉強は川崎先生の『心音図塾』などで。
非常によくまとまっています。

 

なぜ、西浦の予測は外れるのか?

8割おじさんこと西浦氏の評判は、周囲では最悪に近いのだが、その理由など。

感染症数理モデルの SEIR モデルは以下の通り。


すぐに気がつくのは再生産数 R は、このモデルには直接には入っていないことです。

細かい誘導は省略するが、R = β/γ (1/γ が平均感染期間、β は感染率)です。
βの方が基本的な指標なのは明らかでしょう。デルタ株では β が大きくなっているから、「結果」として R が増大しているんだ、と考えるのが自然です。

注目すべきなのは第二式で、その第二項を無視すれば

dE/dt = βSI

という高校生でもわかるような1階の常微分方程式になります。

これの意味するところは
「時間当たりのE(暴露者)の増分は、既に感染が成立している人数(I)とまだ感染していない人数(S)とβ(感染率)の積に比例する」
です。(だから、感染初期では指数関数的に陽性者が増えていくわけですね)
この時点でも確率的に考えているわけですから、E を増やしたくなければ β をコントロールして感染対策を考える、と思考を進めていかなくてはいけないはずです。

実際には β は、株の種類やワクチン接種率の関数になっていると思われますから、その関数型を仮定してモデルから予測→現実の数値と突き合わせる、というプロセスを踏まないと「科学」にはなりません。
反証可能性というのは、科学の基本だと思いますが、西浦の言い分は(モデルに基づいていないため)反証可能性が不十分です。

筋のいい人なら気がつくと思いますが、ある時点での結果として出てきた R をいじっても数理モデルとしては何の根拠もありません。
微分方程式の系は、それとは無関係に時間発展していくからです。

西浦の予測が外れる主な理由はこれでしょう。

 

猪股弘明
精神科医(精神保健指定医)
理学士(物理)