負の連鎖

連鎖は続いていく。

農水省元事務次官「川崎の事件見て息子も危害加えるかも」

報道もポイントをおさえ始め、

「事件直前には長男が近くの小学校で行われていた運動会の音がうるさいと腹を立てたのを父親が注意し」→聴覚過敏の存在を示唆
「練馬区役所によりますと、これまでに長男についての相談はなかったということです」→親族の自発的な福祉への協力要請は否定

とまともな情報を提供し始めた。
家族内力動の異常による家族機能の喪失などというものは、その家族内だけでなかなか解決できるものではなく、適切な外部からの支援が必要だと思う。
それもハコモノやシステムをつくっただけではダメで、まともに機能させるには、ある程度の練度が必要なのだろう。
仕事柄、東京都世田谷区や横浜市中区などの実情はまあまあ知っているが、他の地域は意外に機能していないのかもしれない。


なお、ちきりんさんによれば、被害者の方は、統合失調症の妄想型だったそうです。ちきりんさんのツィートに本人のアカウントでリプライがあった模様。

 

猪股弘明(精神保健指定医)

 

 

登戸の事件と「精神鑑定」

まだ医療観察法ができる前の頃のことなのだが、以前勤めていた病院で触法病棟(文字通り法を犯してしまった患者さんだけを集めた病棟)を担当していたことがある。担当症例が指定医申請用のレポートに使えるわけでもないし、はっきりいって人気がある病棟とはいえなかったが、うら若き女医さんを差し向けるわけにもいかないという事情も察しており(ちなみに看護師も男性のみ)、病棟を受け持っていた上級医の先生の診察スタイルに惹かれていたこともあって、担当を指示されても悪い気はせず引き受けた。
その関係上、当時、いわゆる「精神鑑定」書などもけっこう読んだ。

例の登戸の事件では、犯人は既に自死しているため精神鑑定などは行いようもないのであるが、しばしば連想されている附属池田小の事件では、当然、行われている。

現物を読む時間もないので、wikipedia などの記載をまとめると「宅間はいずれにも分類できない特異な心理的発達障害があり、この延長線上に青年期以降の人格がある。本件犯行時、本人は情性欠如者であり、穿鑿癖、脅迫思考を基盤とした妄想反応である、嫉妬妄想があった。本件犯行そのものに踏み切らせた決定的なものは情性欠如であり、著しい自己中心性、攻撃性、衝動性である」だそうである。
統合失調症圏は否定的、人格障害的な背景が強いことを示唆している。

また、調べていて初めて知ったが、死刑囚は死刑確定後、行政に対し刑の早期執行を要求している。

『八つ墓村』の主人公のモデルは現在では統合失調症ということで理解されていると思うが、事件後、やはり自死している。

かつて自分を馬鹿にした小学生・村民に復讐したいという(ある程度了解可能だがかなり不健康な)感情から出発し、それが妄想的・脅迫的ともいえる社会正義的観念に発展しないと実際の犯行に及ぶのは難しいと思う。が、奇妙なことに特異な興奮状態の下それを完遂すると当事者たちは「もう自分の天命はまっとうした」と言わんばかりに自己の存在さえも抹消しようとする。

他者の殺傷と自己の抹消が分かち難く結びついているというのが普遍的なものであるなら、このタイプの犯罪者に「一人で死ね」という批判をするのはほぼ無意味なことになるし、歪んだ観念を形成する「前に」何か手を打つというのが現実的な予防策になるかと思う


facebook にさらっと書いていたのだが、最後の予防云々に関して「実は、同居していたとされる親族は事件『前に』川崎市の精神保健福祉センターに相談にいっていた」ということを教えてくれる人がいた。

こういうことらしい。

詳しくはリンクをたどって欲しいが、2017年からかなり頻回に相談しているにも関わらず、ほぼ放置といってよく、これを知ったとき、一同「うーん」とある種の後味の悪さとやり切れなさを覚えたように思う。


今度は元政治家の橋下徹氏がこんな発言をして物議を醸している。

橋下徹氏、京アニ放火の青葉容疑者に「一人で死んでほしい」

橋下氏の場合、ディベートのような二元論に落としこんでいるだけにさらに性質が悪く、そのことも指摘されている。まだ動機の詳細などは明らかにされていないので、はっきりとしたことは言えないと思うのだが、他者の殺傷が正当化されるような妄想を抱き、精神が極限まで荒ぶっている者にこういった言葉は届かないように思うのだ。

 

猪股弘明(精神保健指定医)

ラジエーションハウスと SWI

えらくマニアックなところに目を付けたフジ月9ドラマ「ラジエーションハウス」、通称「ラジハ」。

こんなドラマやってたんだ。

漫画の1話目を読んだが、主人公がやったのは、SWI(Susceptibility Weighted Image 磁化率強調画像)というやつかな?

(Zスライスが選択された上で)座標(x, y)の位相θは

θ(x,y)=∫γ{B0 + (Gx・x + Gy・y)}dt    積分範囲は 0~TE

となるらしい。

B0 = μ0(1 + χm)H

なる関係があるから、組織間で磁化率 χm が違えば、それがコントラストとなってあらわれる、というのが理屈だろうか。(なお、銀歯は銀-パラジウムなどの合金。特にパラジウムは磁化率が 5.15×10-6と周囲の組織より高い)

実際には、銀歯の影響でボケてしまった強度画像に、位相画像から磁化率(か、関連数値)を逆算して取得し、それを強度画像に作用させ、隠れていたコントラストを描出させた、ということでしょうか。

漫画では、phantom.tif という TIFF 画像を読み込んできてなんかやってますね。ファントムでのデータを使って補正までかけるという芸の細かさw

猪股弘明(精神保健指定医)


MRI の基礎をすっ飛ばしていきなり応用編となってしまいましたが、もうちょっと基本から説明したものを某調剤薬局さんのブログに寄稿しましたので、ご興味があればご一読ください。

MRI とは?-その1-

MRI とは?-その2-』(「スピン」の説明してあります。測定原理的にはここがキモでしょうか)

MRI とは?ーその3ー

私も MRI の専門家ではないんですが、これくらいの知識があると画像の解釈がいくらか正確になるかと。

 

せん妄とか幻覚とか

柳原病院事件一審判決

一般メディアでの取り扱いは地味なように思うが、医療関係者の間では『柳原病院事件』に無罪判決が出たということで話題になっている。
これに触れて以前に某所で記事を書いたことがあるので、こちらでも掲載。


これはやっぱりせん妄や覚醒直後のもうろう状態で見た幻覚のような…

精神病理を専門にしているわけではないが、「せん妄」や「幻覚」は総合病院勤務時にはリエゾン(↓)などではしょっちゅう診察していたのでポイントを書いておく。
江川さん(『乳腺外科医のわいせつ事件はあったのか?~検察・弁護側の主張を整理する』のこと)も微妙に区別ついてないよね。

リエゾン。リエゾン精神医学のこと。仏語の Liason 「連携」、「つなぐもの」より。精神科が不眠症や抑うつ状態で他科管理の患者さんの診察依頼を受けるときこういう言い方をする

「せん妄」はわかりやすく言えば「意識野が狭く浅く」なった状態で、それゆえ注意の転動が起こりやすく見えてはいけない幻覚などを見てしまう。(例:点滴ラインを「蛇に噛まれている!」などと自己抜去する。看護師さん泣かせ)また、原則、記憶の連続性は保たれない。ただし、この場合の幻覚は、奇異な感じはあまりない。廊下の看護師さんの足音を「悪魔が近づいている!」などというように現実の感覚由来のどこか了解可能な感じがある。

なお、統合失調症などで陥る「幻覚妄想状態」は、幻聴や幻視など「現実には存在しないものが(本人だけには)はっきり聞こえたり見えたり」している状態で、第三者から見て了解不可能な奇妙なものが多い。しかし、意識自体の連続性は保たれているので、そのときのことを記銘・保持している場合が多い。
ある患者さんに「(強制)入院したとき、先生、屈伸運動してましたよね」と言われたことがあるが、その記憶内容はまったく正しかったりする。その通り、あなたがタックルしてきた場合に備えて、身体をつくっていたのだよ。

今回の場合は、この手のわかりやすい「術後せん妄」や「幻覚」などではなく、かなり生々しい自覚があるため、麻酔薬覚醒時のもうろう状態で見た幻覚や夢の類だと思うんだが。
問題はプロポフォールでこの手の性的な内容を含む幻覚や夢がおこる頻度。ケタミンなら、(頻度が高いため)ほぼほぼこれでいいような気がするんだが、プロポフォールはどうなんだろ。

【参考】
Sexual hallucinations during and after sedation and anaesthesia
を読むと頻度までは書いてないが、プロポフォール propofol でもいくつかの症例報告がなされていることがわかる。

今回の裁判では、こういったエビデンスを重視した判決になっていたようです。よかった。


若干、表現はマイルドにしました。twitter でも200RT超え。RT していただいた皆様、ありがとうございます。

twitter 関連サービス、こんなのもあるんだ…


高裁初公判

せん妄の可能性、事件がおきた状況、科捜研の杜撰な試料管理などがあり、第一審の判断は、医療関係者のみならず一般の人にも支持されていたようだが、検察は懲りずに高裁に控訴してしまった。

m3 というサイトにその初公判の模様を描いた記事が掲載されている。

乳腺外科医事件で高裁初公判、男性外科医側「ここに犯罪はない」

医療者限定公開の記事ゆえ、一般の方々にお見せできないのが残念だが、もう残念なくらい、検察側の分の悪さが際立っている。

特に、この記事で話題になったのは、検察側証人の井原裕氏(獨協医科大学埼玉医療センター・こころの診療科診療部長/教授)のユニークな言説だ。

一審で「術後せん妄による幻覚・錯覚」であることが認めらているわけだから、これを覆すには相当に精緻かつ巧妙なロジックが必要とされるのだが・・・。

ここで井原教授、酩酊に関する分類を参考にしながら「せん妄であったが、幻覚ではない」という斬新な理論を披露した。

もちろん、酩酊とせん妄は違うので、何かその基本的なところから間違っている気もするのだが、こうでも言わないと検察側のロジックとしてはまずいわけだ。
だが、最初の方でも書いたように、せん妄とは「意識野が狭く浅く」なった状態で、それゆえ注意の転動が起こりやすく幻覚などを見てしまいやすい状態だ。一般的に、「XX があった」というより「XX がなかった」というのは難しい。法廷でも井原氏は「ない」という明確なロジックを示すことができず、逆に

・上であげた症例報告を誤読している

・井原氏は専ら司法精神医学を専門にしており、せん妄に関しては論文・学会発表の経験はない

ことなどを弁護士から指摘されるなど散々な内容であったようだ。

 

精神保健指定医

猪股弘明

 

精神保健指定医講習会

精神科領域では、「精神保健指定医」なる資格がある。
患者さんに「自傷・他害のおそれ」がある場合、誰かが入院・隔離・拘束などを決めなくてはいけないが、これは基本的人権を侵害することにもあたるので、国から「指定」された医師がおこなうことになっている。なので「指定医」などと呼ばれている。
精神科病院で当直などをする場合、ないと仕事にならない場合が多いので、これだけはメンテしないといけない。
大抵の精神科医は、臨床でいっぱいいっぱいの時に取る資格なので、以前にその取り方が問題になったりもした。

私も保持しているが、指定医を規定している精神保健福祉法の改正などがあるため、5年に1度は決められた講習を受けなくてはいけない。
先日、講習会があったため、私も参加した。本年度、最終だったため、会場は人でいっぱい。

午前は、最新統計などチェックできたりするので、興味深く聞けた。措置入院の数が微増しているのは意外だった。拘束の数減らすより、こちらの件数減らす方が、(長い目で見ると)優先じゃないかなあ、などと思った。

午後は眠気との闘いになる。

次回からは、意見書いたりする形式に変わるとか。
かなり実務的な資格なので、そちらの形式の方がいいように思う。

 

精神保健指定医と私というと『精神保健指定医レポート作成マニュアル』ということになるかと思いますが、現在は、諸々の事情で Puboo での配信を停止、amazon  のみでの配布になっております。
改訂したいんですけどね。時間の関係で…ごにょごにょ。

 

猪股弘明(精神保健指定医)

⭐️(参考)『精神科医と法