組み合わせと最適化と IT

nomad
今日は、これまでに勉強した糖尿病に関して、やや advanced な話をします。

 

糖尿病に限らず、治療薬の幅が増えるのはよいことだと思う。なぜなら、異なる治療薬を組み合わせることで、さらに良い効果が期待できるからだ。いわゆる併用療法というやつだ。糖尿病治療薬においては、いくつかの疫学的研究から実際の処方トレンドも変わってきていることがわかっている。具体的には、2 型糖尿病患者では SU 剤単剤療法が減り、DPP-4 阻害薬の使用率が増えている。これはわかる考え方だ。低血糖のリスクがつきまとう SU 剤のみを使うよりは、比較的安全な DPP-4 阻害薬をどこかで組み合わせた方がよいという判断によるものだろう。

次に問題となるのは、増えた選択肢の中から「どの薬を選び出し、どういった比率で投与するか」という最適化の問題だ。日本で使える経口糖尿病薬は 7 種類。単純に 2 剤選び出しただけでも 7C2 = 21 通りの組み合わせがある。これにインスリン製剤と GPL-1 受容体作動薬の注射剤 2 剤を足すと組み合わせ数は 36 通りに増える。さらに、これらを単剤での標準投与量の半分にして 0.5:0.5 で単純に投与すればよいかというとそういうわけにはいかないだろう。組み合わせの相性という因子の他に肝機能・腎機能による投与量調整も必要になってくるであろうからだ。

これに関連して(?)、興味深いニュースがあった。

日立製作所:電子カルテ解析を機械学習で、糖尿病治療の90日後の効果を高精度に予測

ビッグデータから、予後を機械学習で予測。。。流行りですね。

ですが、この手の研究結果は、吟味して受け止める必要があると思っている。

もちろん、これは素晴らしい研究なのかもしれないが、これだけではなんともいえない。まず、「HbA1c値を低減できる確率を、患者ごと、薬の種類ごとに予測可能なモデルを構築しました」とあるが、上述の通り糖尿病治療薬のトレンドは併用療法に移ってきている。単剤療法での予測が臨床的にみてどれほどの価値を持つのかという疑問がある。

次に、これは、単一大学機関でおこなわれる研究デザインにみられる共通の弱点だと思うのだが、「単一機関のカルテデータベースではすべての病歴・処方歴が集積しているわけではない」という問題点が挙げられる。例えば、虚血性心不全の発症リスクのある患者に SU 剤を極量まで投与するのは、かなり勇気の要る行為で、糖尿病治療を担当する主治医は投与量調整(減量)をおこなうと思うのだが、大学以外の診療所などで心臓病の治療がフォローされていた場合、こういった情報は解析対象の大学データベースには何ら反映されていない可能性がある。

さらに、カルテベースの解析につきまとう問題点として「保険病名の落とし穴」というものもある。例えば、 SGLT2 阻害薬は、1 型糖尿病患者に対する適応はないが、主治医がどうしても試してみたいと考えた場合、投与される可能性はある。この場合、主治医は、保険適応を通すためにカルテ上の病名に 2型糖尿病をそっと追加する。つまり、本来解析対象ではない患者が解析対象に混入されるのだ。今回は医師のチェックもはいっているようなので大丈夫だとは思うが、大規模病院向けの電子カルテシステムの開発を盛んにおこなっているとは思えない日立がこういった臨床上のニュアンスを汲み取れるのか、若干の不安は感じる。

目についた医療関係のニュースということ今回はこの報道記事を取り上げたが、特に日立やユタ大学に対して悪意があるわけではない。できれば正式な結果もみてみたいところなので、ぜひとも、オープンアクセスな媒体で公開してほしいと思う。



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