ECT と麻酔科

修正型になって筋弛緩剤を使うようになってから、ECT の試行には麻酔科医の協力が必須のものなってきている。
酸素化程度であれば精神科医も訓練次第ではなんとかなるが、血圧の異常な上昇や心肺停止といった不測の事態にはなかなか対応できるものではない。
なのだが、この麻酔科医との協力関係がうまくいってない施設がけっこうあるという。聞いたところでは某有名大学病院がそうなっているらしい。
初期研修医単独で施行しているとか、電極の貼り方がおかしくて煙を吹いたとか、手順そのものが頭に入っておらず手技者がオペ室でフリーズしているとか、けっこう悪い噂が聞こえてくる。
なんとかならないものかと思う。
大半の精神科医がこの治療に乗り気ではないというのは理解しているが、そうならば、水準に達していない施設は ECT はしないとかそういった規制(自主規制を含めて)をした方がいいのではないかと思う。迷惑するのは患者さんなのだから。

 

ブレインサイエンスと ECT

ればやるほど ECT はブレインサイエンスの一部門という気がしてくる。詳しくは、京大・川島先生らの総説をお読みください。

『電気けいれん療法における刺激パラメータ調節の可能性』

パルス幅だけではなく他のパラメータも操作しているのだが、ある種の規則性があることがはっきりし始めてきた。
けいれん閾値の高い患者さんにいかに効果的な治療をするかということは、結局のところ、神経細胞をいかに効率よく発火させるかということにつながる。当たり前といえば当たり前なのだが、こういう見方をする治療者は少ないように思う。

なお、新規のアルゴリズムではサイン波はまるっきり不要になっている。

 

猪股弘明(精神科医師)

(追記)…今までけいれん誘発性はパルス波よりサイン波の方が強いと漠然と思っていたが、ひょっとすると違うかもしれない。設定さえあっていれば、パルス波の方がうまくけいれんをおこすことができるように思う。

ECT とリスク

ECT のこととなるとリスクの話は避けて通れない。
よく「死亡事故は1万件に1回」と言われているが、こういった統計的な数値を知りたくて以前に(というか今も)カルテなどを参考に調べたことがある。
公立の基幹病院クラスだと総施行件数は 500〜2000 件/年 だが、私の調べた病院では、ほぼ 1000件であった。この病院で死亡事故は過去10年間で 1件、これに近い重篤な事態(数分以上の心肺停止など)は 4件で、1万件に1回という数値はおおざっぱには正しいように思う。興味深かったのは、死亡もしくはそれに近い事故はすべてサイン波使用例でおこっていたことで、この事実を認識して以降、私はなるべくサイン波を使わないようにしている。逆にいうとサイマトロンはそれなりに安全で、日本では 2002年から臨床に供されているので、施行件数の多い施設でも数万回以内で、この程度の範囲内であれば目立った事故はおこっていないはずだ。あと10年くらいしたら、もうちょっと具体的な数字がわかると思う。
ところで ECT はよく投薬療法と比較されるが、投薬療法のうち死亡にまで至るような重篤な副作用は悪性症候群だろう。ECT と薬では施行形態が違うので単純比較はできないが、1日の服用を「1回」とするなら、1回あたりのリスクは薬の方がうんと低いだろう。ただ、実際には、ECT の施行頻度は多い人でも数ヶ月に何回かおこなう程度なので、常識的に使っている限りは、時間的な頻度としては ECT に由来する事故はそう多くないはずだ。(悪性症候群で運び込まれてくる患者さんの方が目立つ)
こういったことを考慮すると、ECT は「適応をよく考え、むやみやたらには使わない。ただし、必要なときは使用を躊躇せず、下手なかけかた(=かけそこない、無効刺激)をせずに思い切りよくすぱっとかける」のが正しい使い方ではないかと思う。ECT がよく外科的なオペのように扱われるのはこういった事情が背後にあるからだろう。

猪股弘明

精神神経学会からの注意喚起

日常的にはあまり所属していることを感じない精神神経学会であるが、この前サイトにいったらECTの装置(サイマトロンという)ガラミで注意喚起の文書が掲示されてた。
要は、電極を貼るときに準備が不良だと火傷をつくってしまうので(実際に報告があがってきた)注意してくださいねということなのだが、これは内輪では以前からけっこう問題になっていた。研修医〜後期研修医くらいだと全員がサイマトロンの動作まで理解しているわけではないので、みようみまねで変なことをやってしまう人がいる。
電極-皮膚間の接触インピーダンスはかなり高いので電気ショック前にしっかり落とす必要がある。もっとも簡単には
(1) アルコール綿などで表皮の汚れをしっかり取る
(2) 伝導率改善のために生理食塩水や専用の液を(電極か皮膚に)広く薄く塗布する
(3) 乾いてきたら電極を貼る
でよく、これでほぼすべてのケースがサイマトロンの動作範囲におさまる。

今回、問題になったのは (2) のあたりで、電極の一部しか濡らさなかったために伝導度にムラができて電流が集中、結果、火傷が何件か発生したということらしい。(インピーダンスが若干高めで電圧が上昇、この効果で火傷が発生という可能性もあると思うが)

どちらにせよ「施行前には接触インピーダンスをしっかり落とす」ということが理解できていれば防げる事故なので、こういった喚起はありがたいと思う。(一般にも公開していいと思う)

 

サイマトロンの設定と RCT 神話

ここ数年精神科臨床で主に取り組んできたことは ECT (ElectroConvulsive Therapy 電気けいれん療法) に関することだが、簡単に言えば施行条件を変えることで効果に違いが出てくるのでそれに留意して施行しましょうということになる。
もっとも簡単に変えられる条件は

(A)電極の置き位置
(B)パルス波形

だ。もともとこれらはアメリカの Randomized Contorl Trial (RCT 日本では二重盲検試験などと訳される) の結果に基づくもので、最初にこういうことをやった人は偉いと思う(特に(A)を最初に発見した Bailine さんの発想は凄いですね。 彼の治療を受けられた NY の人たちは幸運だと思う)。
ところがこの貴重な RCT の結果の受けとめ方が、日本とアメリカでは異なってきている。日本ではどちらかいうと「これこれというエビデンスがあるから、この患者さんにはこういう条件で施行しよう」と患者さん個々を指向した最適化の方向に向かっているの対し、アメリカでは個体差なぞ目もくれず「かくかくのエビデンスがあるから、すべての患者さんにこれ!」といったかなり思い切った一般化の方向に向かっている。さすが正義とガイドラインの国。
私なんぞは前者寄りもいいところで、一時期は患者さんごとにすべてサイマトロン(という ECT で使う電気刺激装置)の条件を変えて施行していた(標準的な手法ではけいれんすらおきない患者さんが多かったせいもある)。
具体的にいこう。例えば、最近は(B)の中でもパルス幅の設定に注目が集まっているが、従来の1.0msに比べ0.25msのパルス幅が治療効果の上でも副作用の面でも有利であるというのが RCT の結果である。アメリカでは「だからすべての患者に0.25や0.3msのパルス幅で施行しよう」という流れになっている。
とんでもない話だ。
現場にでてみればわかるが、0.25msではけいれんすらおきない患者さんはかなりいる。デフォルトの0.5msでけれいんがおきなかった場合、むしろ1.0や1.5msでしかかからない患者さんの方が多い。
これはガラパリの自然放射能のときにもいったことだが、バイアスの評価をしっかりしないと間違った解釈をしてしまう。ultrabrief pulse(パルス幅 0.1-0.5msのパルスを彼らはこう呼んでいる)を提唱している連中の頭の中は、きっと最適パルス幅は分散 0 でデルタ関数のようにultrabrief の領域に屹立していると思い込んでるのだろう。こんな風に

が、これはありえそうもない話だ。最頻値はこの領域にあるにしてもたいていのデータというものはこの値を中心にある程度の分散で分布してるものだ。基礎的な研究はかなりはっきりこういったことを示している。

統計的な処理をすれば、はずれ値というものは埋没するが、実際の臨床現場で治療に難渋するのはこういったはずれ値を持つ難治の患者さんだ。だから、こういった患者さんに対しては、ガイドライン的な治療をそのまま適用したのでは効果が出ないことが多い。治療が難しい患者さんには病態を理解しそれに適した対応を考えるというのが自然だし、治療効果も高いであろう。そういった意味では、日本の医師たちは頑張っているように思う。
少なくとも「RCT の結果があるから治療法はこれのみが正しい」といったおかしな RCT神話は捨てた方がいいのではないかと思う。とりわけ患者さんの個人差が大きい(と思われる)精神科領域では。

猪股弘明(精神科医)