ECT とガイドライン

そろそろ ECT に関する Long Brief Pulse Method も普及してきたようで提案者とはなによりだ。

これは、その後、猪股(元物理屋)・針間(精神病理)・糸川(分子生物学)という関係者からは「ありえない」と言われる著者の組み合わせで査読付きの英文誌に発表された。

Inomata H, Harima H, Itokawa M. A case of schizophrenia successfully treated by m-ECT using ‘long’ brief pulse. International Journal of Case Reports and Images 2012;3(7):30–34.

もともとは豊島病院で不完全なかたちでおこなわれていて、僕らがもう少し洗練させて提案。今では広島の竹林先生なんかもやっている(私が把握していない所でもおこなわれていると思う)。麻酔科の雑誌にも arXiv に書いたやつが引用されたりしてこれも嬉しい。
ところで臨床的にかなり有効と思われるこの方法であるが、これからすぐに広く普及するかといえばたぶんそうはならないと思う。ガイドラインの問題があるからだ。日本では国立武蔵病院のガイドラインが標準的でほとんどの施設がこれに右習いしている。そこでは

「サイマトロンで電気量 100% で不発時→サイン波の利用」

と明記されている。だから、たいていの精神科医は設定を変更することは発想として持っていないはずだ。
なら、あなたたちのやっているアルゴリズムは、標準アルゴリズムから逸脱しているのかといわれそうだが、これは半分あたっていて半分は間違っている。確かに日本の国立武蔵が(何の根拠もエビデンスも示さずに決めた)アルゴリズムからは逸脱しているが、その大元となった APA(米国精神医学会)のアルゴリズムには「パルス幅は 0.5msec 固定」などとは一言も書かれていないからだ。

  
短パルス刺激を用いるに際してまだ解決されていない問題は、適切なパルス幅に関することである。

APAタスクフォースレポート:p91

とこれがまだ未解決の問題であることをはっきりと言い切っている。そこでは超短パルス波の使用に関しての言及もある。基礎的な研究に目を転じると、軸索の変性、薬剤の暴露、刺激部位などなどによってニューロンの発火最適パルス幅が(主に長い側に)変化することがそれこそ山のように報告されている。
日本で「0.5ms固定」になってしまったのは、たぶん、本邦にサイマトロンを導入した世代が、普及することを優先して細かい技法上の選択肢を無視・単純化して伝えたせいであろう。
なお、われわれも長パルス波をのべつまくなしに使っているわけではなく、「通常の設定(0.5ms)でけいれん波が誘発されないとき」に限定して使っている。長いパルス幅を使うと高電圧に持続的に暴露される時間は増えるわけだから、副作用のリスクが増大する可能性がある。が、この副作用の評価はまだまだ不十分なので全例に使うわけにはいかないのだ。また、導入に際しては病院幹部の許可を取っているし、日本精神神経学会でも関係者でこの方法に関して検討をすませている。もちろん、単独で治療の責任の負えない初期研修医と後期研修医にはこの方法は教えていない。

猪股弘明

 

TMSとECT

少し前にNHKの番組でTMS( Transcranial Magnetic Stimulation 経頭蓋的磁気刺激)が取り上げられたせいか外来などでこれに関する問い合わせがちらほらあった。その番組は見逃したのだが、かなりかたよったつくり方だったようで、まるで夢のような治療であるかのように紹介されていたという話だ。
最近はTMSはマークしていなかったので、知らない間にこの分野の治療法が飛躍的な進化を遂げたのかと気になってさきほど PubMed などを調べたが、やはりそんなことはなかった。むしろ重症ではTMSはECTほど効果がないことを示す報告の方が眼につく。

Repetitive transcranial magnetic stimulation versus electroconvulsive therapy for the treatment of major depressive disorder, a randomized controlled clinical trial. Keshtkar M et al; J ECT: 2011; 310-314

前にも述べたと思うが、そもそもECTを使うのはうつが極まって食事をとるのもままならない患者さんや希死念慮が激しくてなかなかコントロールできないケースなどだ。うつだと中等症くらいまでなら、投薬+環境調整でなんとかなってしまう。現行だとTMSは今ひとつ使い道がはっきりしない。(妊娠を希望されていて薬を飲みたくない女性患者の方や癌末期で薬の服用すら難しい患者さんにはかなり有効な方法だと思うが、なぜかこちらの方の努力は一般には取り上げられないし、本格的にやっている施設も少ない)

(追記)…現状だとTMSやDCSは、ニューロリハビリかなあ。

 

猪股弘明(精神科医)

エルゼビア、涙目…なるか?

ネット上でもちらほら話題になりつつあるが、学術出版大手のエルゼビアのビジネスモデルに対して一部の学者が抗議の声を上げ始めた。口火を切ったのはフィールズ賞受賞者のガワーズ氏で、ブログに抗議の意図を掲載した。その後もこの流れは徐々に普及し始めているようで、出版・査読のボイコットを表明するサイトも立ち上がった。

私はプロの学者ではないのでどちらかといえば対岸の火事のように見ているが、これはけっこう意味のある運動ではないかと思っている。研究らしきことを始めればすぐにわかるが、商業学術出版を使うと文献の調達にけっこう費用がかかる。レビュアーが引用しろといっているから、ネットなどで落とすと一本 3000円くらいする。で、こういったものが書いている論文に必須かといえば、そうでもなかったりする。むしろ、クオリティが低くてがっかりすることの方が多い。(なので私は古典的な著作権を委譲するタイプのジャーナルに投稿するのを止めてしまった)
PLoS などのオープンアクセスが出始めた時点でこの手の雑誌は衰退する運命にあったのではないだろうか。

私はといえば、arXiv (究極のオープンアクセスでしょ、これ)やパブーなどの取り組みに注目している。というかこれくらいの発表媒体があれば、私などは十分こと足りる。


パブーは一時期(2019 春頃)閉鎖説も出ていたようですが、別会社が事業を引き継いだようです。よかったですね。

 

 

猪股弘明(東京都立松沢病院)

 

ECT に反対する人々

かつてはかなり物議を醸していたECTであるが、日本では見た目の問題などどちらかというと情緒的な批判が多かったように思う。アメリカの場合、もっと踏み込んだ批判をする人々がいる。

Doctors of Deception: What They Don’t Want You to Know About Shock Treatment

 

この本は、実際に ECT 治療を受けた患者さんが書いたもので、アマゾンでの評価も高いようだ。実際、これまで素朴に疑問に思ってきたことをけっこう明らかにしてくれている。例えば

・世界的に Sackeim がこの業界の権威とされているが、医師免許を持っていない(元々は心理学者)。アメリカでは ECT だけ施行するとか可能なのかと思っていたが、やっぱりダメらしい。また、キャリアの初期に ECT のデバイスメーカーのコンサルタントをやっていたことも明らかにされている。著者はこういったことに対してはっきりと批判している。

・ ECT の研究が盛んな精神科(West Forest, Duke や Columbia など各大学)はメーカーから多額の寄付金を受けていること。また、(これは著者の憶測だと思うが)ネガティブなデータを隠す傾向があること。

などなど。

 

猪股弘明(松沢病院精神科)

 

科学っぽい人と arXiv

以前にもちらっと書いたのだが、ボツになった原稿を arXiv に投稿してみた。今日から読めるようになったので ECT の臨床に関して興味のある方はこちらで読んでみてください。TeX で入稿したので、PDF の他 TeX 生原稿も落とせます。今回は数式がなかったので助かりました。

ところで、arXiv は査読がないので私のような研究志向のある臨床を実践している輩、というかアマチュアサイエンティスト一般と相性がいいように思う。なかには、ペレルマンのようにそのままフィールズ賞まで突っ走ってしまうケースもあるので侮れないサイトだ。なお、ペレルマンと彼が解いた数学上の超難問ポアンカレ予想(とフィールズ賞受賞拒否の背景)は、

が一般の方向けによくまとまっていた。純粋に読み物として面白い。arXiv では、こここここことがポアンカレ予想三部作といわれている。

ところで、ペレルマンはアマチュアではないが、身分的には職業科学者とはいい難い。では、まったくの素人がトンデモな論文を掲載することはできるだろうか? おそらくできない。ほとんどの分野で承認システムを取っているからだ。論文を投稿するためにはそれに相応しい人物かどうか第三者に承認してもらう必要があるのだ。

このあたりは面白いエピソードになりそうで、実際、南堂さんのサイトの記事が興味深かった。この南堂さん、超弦理論を越えるような「超球理論」を思いつきネット上で発表、世界中の専門家に認めてもらうために arXiv に投稿……しようとしたのだが、この承認システムに阻まれ果たせないでいる。

 
ただし、困ったことがある。専門の e-Print の arxiv に投稿しようとしたら、「既存メンバーによる承認」というのを求められた。つまり、誰かの承認がないと、投稿できないわけ。

困っているので、どなたか量子力学の専門家の友人を知っている人がいたら、「南堂の論文が投稿できるように、arxiv で承認してやってくれ」と言ってください。

南堂さんは困っているようだが、実はこの承認システムはすりぬける方法がある。今回の私の投稿がそうだったので披露しておこう。最初、私は q-bio の Neurons and Cognition に投稿しようとしたのだが、この承認システムがでてきたため、断念。しかし、「ニッチをついた様な分野で新しい発見をした場合、承認もへったくれもないだろう。そんな承認システムはこちらから願い下げだ」とまず、まったく承認の要らない分野で投稿。ここで掲載されてもよかったのだが、実は arXiv の中の人はかなり働いているようで、次のようなメールがきた。


Your submission has been moved to the q-bio.NC (Neurons and Cognition) subject class on the advice of our moderators, who have determined it better suited to that subject class. The paper password is unchanged. Any questions regarding moderation must be directed to XXXXXX@arxiv.org. (伏字にしました)

つまり、中の人= moderator は商業ジャーナルのエディターのように内容をチェックしていて、承認の有無とは無関係に内容さえあっていれば適切な分野に reclassified してくれるのだ。今回の場合、結局、最初に希望していた(承認の必要な)分野で掲載となったところが面白いが、だから、承認システムはかなりユルく運用されていることもわかる。
なので、南堂さんにいえることは「まずは承認の不要な分野で投稿してみたら? 内容さえよければ、中の人が適当な分野に振り分けてくれるよ」ということです。
アマチュアに優しい良いシステムではないか。

 

猪股弘明(医師 精神科)