なぜECTでは「ボタンを押すだけ」ではダメなのか?

私が、ECT(ElectroConvulsive Therapy 電気けいれん療法)を初めて見学したとき思ったことの一つは「通電時の頭部の電磁気学的状況ってどうなってんの?」ということ。

まあ、そこらへんは腐っても物理出身、患者さんの DICOM ファイルもらってきてシミュレーションに勤しむことになった。

モデルの取り方は色々あるのだが、下のケースだと頭蓋骨が電気の侵入をむちゃくちゃ邪魔している。(pterion あたりから侵入してそうだが)


あとこの配置だと電気は海馬直撃(→健忘症状につながりやすい)になりそう。

実際の患者さんの頭部形状は様々で(例えば認知症高齢者なんて大脳自体がかなり萎縮している)、決まりきった配置にしても効率よく脳内に電気を送り込むことはできないということにすぐに気が付く。

要するにECTの試行ってのは「任意の形状の複合誘電体が与えられたとき、外部から電気侵襲を与える際、もっとも効率よくニューロンを発火させる条件は何ですか?」という問題に帰着されるんだが、そう思えない人は相当センスないと思う。

つか、それ意識せずにやったら、患者さんへの虐待でしょ。

 

猪股弘明
精神科:精神保健指定医
理学士:物理

ECT と電磁気学

マニアックなネタですが、関係者からは好評価だったようなので、こちらでも。

猪股弘明
医師(精神科:精神保健指定医)
理学士(物理)

ECT 施行時の吸入麻酔薬セボフルラン(sevoflurane)の使用ついて

日本からECT(ElectroConvulsive Thrapy: 電気けいれん療法)関係の論文が英文査読誌に出るのはけっこう稀なので紹介。

Sevoflurane in electroconvulsive therapy: A systematic review and meta-analysis of randomised trials』Aoki et al

ECTは『カッコーの巣の上で』で患者への拷問用具のように描かれたので、一時期評判悪かった。が、施行前に
・患者の意識レベルを落として恐怖心を下げる
・筋弛緩薬で全身のけいれんを抑える
処置をすれば、(少なくともこういった見た目上の問題は)解決できる。
健忘などの副作用は依然残りますが。

だから、現代では麻酔薬の使用はほぼ必須なのだが、「どの麻酔薬がECTに適しているのか?」という問題はまだ十分には調べられていない。

これは、関西医大-京都大チームの ECT 施行時の 麻酔薬に関するメタアナリシス。
さらっと読みましたが「セボフルランは他の麻酔薬に比べ、発作持続時間を短くするが、PSI(というECT の効果を評価する指標の一つ)などに有意な差はなかった」というような内容です。
メンテナンスECTのときなどに使えるかもしれません。

 

猪股弘明(精神科医:精神保健指定医)

 

青年期の大麻使用は大脳皮質(右前頭前野)を菲薄化する

精神科医としては、いわゆる依存症治療には積極的に関わってこなかったのだが(人格障害ベースの乱用程度の物質使用障害は山ほどありますが)、大麻の合法化に関しては気にはなっていた。

最近、その一つの判断材料となるような論文がでた。

Association of Cannabis Use During Adolescence With Neurodevelopment

一言でまとめると「14歳頃から大麻を使用していると少なくとも右前頭前野は菲薄化しますよ」って内容です。

もうちょっと詳しく説明すると

MRI での形態学的な調査では、左右前頭前野ともに菲薄化している

PETで cannabinoid1受容体の availability も測ったが、availabilityの高い箇所は右前頭前野の菲薄化部位とよく一致した
→大麻成分が右前頭前野に作用して菲薄化の原因になっていることを連想させる

・知能系の検査では差は出なかったが衝動性は(ADHD患者でみられるように)大麻使用群では偏差が大きかった

あたりが新たに得られた知見。

(政治的な背景はひとまず置くにして)使わなければ使わないに越したことはない物質かなとは思います。

 

ところで、何故大脳皮質が薄くなったかについてはこの論文内では speculation (推測とかという意味)されてない。
私は、覚醒剤あたりからの連想で「一時期的に過活動になった後、その影響で代謝経路がおかしくなって神経細胞が脱落」だと思っていたのだが、某所でこの話題を出したときに宇留野(勝久)先生(山形で神経内科領域、特にてんかんの診療にあたられてます)から「被験者が低年齢(スタディ開始時点で平均年齢が14歳)なので、大麻使用によって低形成になる可能性もある」とご指摘いただいた。
ああ、確かに大麻の割と特有な効き方(アッパー的に上がることもあれば、ダウナー的に下がることもある)を考慮すると神経細胞(ネットワーク)そのものが成長しないままになる(低形成)というのはあり得そうですね。
ご指摘ありがとうございます。
蛇足ですが、ネット上での意見交換は割と楽にできるので便利ですね。

 

(追記)前述の宇留野先生から参考文献をご提示いただきました。
Cannabinoids decrease the metabolism of glucose in the brain

(追記2)そもそも PET って何ぞや?って方は
わかりやすいPETの話
をご参考に。高校物理がわかってるくらいだったら理解できると思います。

 

猪股弘明(精神科医:精神保健指定医)

コロナ後遺症の精神症状について

新型コロナ感染症については、現在(2021年2月)、ワクチンや後遺障害がトピックといったところだろうか。

今回は、コロナ後遺症に関して気になったことがあったので、ちょっと述べさせてもらう。

新型コロナの病態で厄介なのは、炎症反応が活発化し時に宿主自体の組織を不可逆的に損傷してしまうことだ。
だから、肺炎自体は軽快しても、呼吸困難感などの後遺障害が残ることが知られている。他の症状としては、倦怠感や脱毛などがよく挙げられる。

図は https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210131-00220218/ より。クリックで元記事に飛べます。

倦怠感や集中力の低下と言ったら、うつ病などでもよくみられる症状だ。慣例的な身体症状 or 精神症状という二分法に従うならば、精神症状に分類される。

では、精神症状があった場合、その治療は典型的な精神科的な治療(安定剤や抗うつ薬などの投与、精神療法、電気けいれん療法…etc)だけですむかいえば、そうはならない。
精神症状の中には身体的な疾患に伴って現れる精神症状というものがあり、この場合、対症療法的な精神科的治療はあってもいいが、より重視すべきはやはり元となった身体疾患の治療だ。
例えば、甲状腺ホルモンの分泌が低下した場合、なんとなく元気がない(≒意欲の低下)といった症状が出るが、抗うつ薬の投与が本質的な治療に繋がるものではないというのは言うまでもないでしょう。優先して考慮すべきは原疾患の治療なのだ。
他には、更年期障害に伴う抑うつ症状も有名だが、尊重すべきは婦人科的治療(ホルモン補充療法など)だ。マニアックな例としては、CNS ループスの精神症状がある。この場合、問診などでは統合失調症急性期とほとんど区別がつかない。幸いなことに両者は画像診断などで鑑別可能だが、神経内科的な治療が遅れると生死に関わる。

で、コロナ後遺症に話を戻すが、この場合も
・コロナ後遺症に伴う精神症状
・コロナ発症をきっかけとした心因反応
の区別は重要ではないかと考えている。
前者が本当に実在するならば、根本的な治療のためにはその病態の解明を急ぐ必要があるし、後者であれば、通常の精神科治療で事が足りてしまうからだ。

そして、私が気になっている点は、この区分が曖昧なまま実臨床の場で安直に「コロナ後遺症」という診断名が使われている節があるからだ。

例えば、こんな tweet を先日みかけた。

軽快してしまった新型コロナ感染症を直接的な原因とする過呼吸というのは考えにくく、おそらくは、もともとパニック障害などを持っていたか、環境変化などに起因する不安が高じての過呼吸発作かと思われる。
これを「新型コロナ後遺症」の範疇に含めるのは、ちょっとどうなんだろうと私は思う。

 

猪股弘明
医師:精神科(精神保健指定医)