iPS からの・・・神経系細胞分化誘導

最近、話題になった科学上のトピックでこんなのがあった。

実験室で培養の「ミニ脳」に神経活動、人の脳に類似 米研究

ただ、こういうのは、紹介記事が話をちょっと「盛る」傾向があるので、できれば原著にあたりたい。

原著の方がちょっと前までフルテキストで読めたのだが、現在(2019/09/28)は有料記事になってしまったようだ。こういうのは、さっーとでもいいから読んで、その時点で自分なりに把握しておくのが得策のようだ。

すごく大雑把に要約すると

(1) 確かに構造的には中枢神経類似の「ミニ脳」はできている
(2) 発振現象や脳波のような電気活動は計測されたが、それがヒトにおけるそれと同一メカニズムであるかまでは言いきれていない(と思う)

あと、どういうわけかわからないが、培養してから 10 ヶ月を過ぎたあたりから、元の(神経系の)前駆細胞の存在比率が増えてきて、培養がそれ以降うまくいかないようだ。また、iPS → 神経系の分化プロトコルをつくったのは、このチームではなく、別のチームです。

(1) に関してもう少し詳しく言うと、紹介記事の綺麗な写真にもあるように、ある種の立体構造はできている。顕微鏡的にはシナプス結合なんかも確認されている。分化の面でいえば

・興奮的に振る舞うグルタメート神経細胞
・抑制的に振る舞うGABA神経細胞
・グリア

あたりにもしっかり分化されているようです。ただ、ドパミン作動性神経細胞やセロトニン作動性神経細胞あたりはできてないので、これが、即、疾患モデルに使われるようになるかというとそんなことはないでしょう。

(2) に関してですが、著者たちが主張したいのは『興奮性ニューロンと抑制性ニューロンがあるので神経回路的に発振していてもおかしくはない』というようなことだと思います。ストーリーとしてははなはだ魅惑的ですね。なんですが、ここからの実験結果が、若干、アヤしくなる。

個々の細胞のパッチクランプをやったという記載はあるんだけど、figure がない。電位計測も空間分解能が粗すぎて個々のニューロンの神経活動が追えていない。6month で薬理学的に阻害して電気活動止まった、といっているんだけど、じゃあなんでそれをミニ脳らしくなっている(=分化マーカーが完全に発現している) 10month でやらなかったのか?というツッコミは入れたくなる。

紹介記事でも「ヒトの脳に類似」(同一とは言っていない)という記載にとどまるのはこのためかなと。

これだけだと、「ある種の化学物質が培養液内を拡散して電気活動がおこっている、場合によっては発振している」ことが否定しきれないんですよ。

ただし、テーマ的にはかなり攻めているし、手間暇もかかっている、業界に一石を投じる内容かとは思います。


こっからの連想で、そういえば、以前、iPS から網膜(正確には網膜色素上皮細胞だが)を分化させて実際に治験まで持っていったことあったよなあと思い、文献収集。

あった、これだ。

Autologous Induced Stem-Cell–Derived Retinal Cells for Macular Degeneration

NEJM という立派なジャーナルに掲載されているし、過去の報道などでは成功と喧伝されていたので、さぞや立派な結果だったのだろう、と予想して読んだら・・・。

まず、症例として報告されたのは 2 例のみ。そのうちの 1 例は、培養中に遺伝子異常が出たとかで移植見送り。

もう 1 例は、移植も実施され、1 年間後にも生着はしているのでこの点は素晴らしいと思うのだが、肝心の視力は「良くも悪くもなかった」ということで、治療という意味ではあまり望ましい結果とはいえなかったようだ。

また、論文中にある OCT の画像の解釈に関して別のグループから「血管新生がおこっているのではないか?」という疑問が投げかけられている

問題となった Fig S10
Fig S10 のキャプション

まあ異議を唱えられたら、アンギオの生データで説明するくらいの対応が必要だと思うが、残念ながらこれはなされていない。


たまたまなのだが、iPS から神経系への分化誘導に関するペーパーを短期間に 2本読んだので、一つのエントリにまとめてみました。

感想ですが、iPS → 神経系 では、確かに構造的には分化誘導はできるようだが、それだけでは肝腎要の「機能の獲得」までできるかというと必ずしもそんなことはないようです。
例えば、ヒトの脳では、ある程度、脳の形ができたとしても、この後、(1) 髄鞘化→ (2) 神経細胞間の連結 → (3) 刈り込み(余剰な連結を「刈り」取っていくわけですね)という風にして、なんと完成までに20年はかかる(蛇足だが、これゆえ統合失調症は若年者発症が多いと推測されている)。
また、視力系に関しては、生まれたばかりの赤ちゃんの視力はおよそ 0.01〜0.02で、物の形がぼんやりと分かる程度。生後2~3カ月かけて、ようやく固視・追視(物をじっと見つめる・目で追う)ができる程度まで熟成していく。網膜上皮細胞〜視細胞〜視神経〜大脳視神経投射部位にこれといった異常がなくても、これくらいの期間がかかってしまうわけです。
悪くなった部分を置き換えた程度で、機能獲得のための後プロセスが自然におこるというのはちょっと考えにくいかなあと思います。
何かあともう一工夫必要なんでしょうね。

猪股弘明
ここら辺の話題・質疑応答は facebook

 

クリックclose

コメントを残す