青年期の大麻使用は大脳皮質(右前頭前野)を菲薄化する

精神科医としては、いわゆる依存症治療には積極的に関わってこなかったのだが(人格障害ベースの乱用程度の物質使用障害は山ほどありますが)、大麻の合法化に関しては気にはなっていた。

最近、その一つの判断材料となるような論文がでた。

Association of Cannabis Use During Adolescence With Neurodevelopment

一言でまとめると「14歳頃から大麻を使用していると少なくとも右前頭前野は菲薄化しますよ」って内容です。

もうちょっと詳しく説明すると

MRI での形態学的な調査では、左右前頭前野ともに菲薄化している

PETで cannabinoid1受容体の availability も測ったが、availabilityの高い箇所は右前頭前野の菲薄化部位とよく一致した
→大麻成分が右前頭前野に作用して菲薄化の原因になっていることを連想させる

・知能系の検査では差は出なかったが衝動性は(ADHD患者でみられるように)大麻使用群では偏差が大きかった

あたりが新たに得られた知見。

(政治的な背景はひとまず置くにして)使わなければ使わないに越したことはない物質かなとは思います。

 

ところで、何故大脳皮質が薄くなったかについてはこの論文内では speculation (推測とかという意味)されてない。
私は、覚醒剤あたりからの連想で「一時期的に過活動になった後、その影響で代謝経路がおかしくなって神経細胞が脱落」だと思っていたのだが、某所でこの話題を出したときに宇留野(勝久)先生(山形で神経内科領域、特にてんかんの診療にあたられてます)から「被験者が低年齢(スタディ開始時点で平均年齢が14歳)なので、大麻使用によって低形成になる可能性もある」とご指摘いただいた。
ああ、確かに大麻の割と特有な効き方(アッパー的に上がることもあれば、ダウナー的に下がることもある)を考慮すると神経細胞(ネットワーク)そのものが成長しないままになる(低形成)というのはあり得そうですね。
ご指摘ありがとうございます。
蛇足ですが、ネット上での意見交換は割と楽にできるので便利ですね。

 

(追記)前述の宇留野先生から参考文献をご提示いただきました。
Cannabinoids decrease the metabolism of glucose in the brain

(追記2)そもそも PET って何ぞや?って方は
わかりやすいPETの話
をご参考に。高校物理がわかってるくらいだったら理解できると思います。

 

猪股弘明(精神科医:精神保健指定医)

iPS からの・・・神経系細胞分化誘導

最近、話題になった科学上のトピックでこんなのがあった。

実験室で培養の「ミニ脳」に神経活動、人の脳に類似 米研究

ただ、こういうのは、紹介記事が話をちょっと「盛る」傾向があるので、できれば原著にあたりたい。

原著の方がちょっと前までフルテキストで読めたのだが、現在(2019/09/28)は有料記事になってしまったようだ。こういうのは、さっーとでもいいから読んで、その時点で自分なりに把握しておくのが得策のようだ。

すごく大雑把に要約すると

(1) 確かに構造的には中枢神経類似の「ミニ脳」はできている
(2) 発振現象や脳波のような電気活動は計測されたが、それがヒトにおけるそれと同一メカニズムであるかまでは言いきれていない(と思う)

あと、どういうわけかわからないが、培養してから 10 ヶ月を過ぎたあたりから、元の(神経系の)前駆細胞の存在比率が増えてきて、培養がそれ以降うまくいかないようだ。また、iPS → 神経系の分化プロトコルをつくったのは、このチームではなく、別のチームです。

(1) に関してもう少し詳しく言うと、紹介記事の綺麗な写真にもあるように、ある種の立体構造はできている。顕微鏡的にはシナプス結合なんかも確認されている。分化の面でいえば

・興奮的に振る舞うグルタメート神経細胞
・抑制的に振る舞うGABA神経細胞
・グリア

あたりにもしっかり分化されているようです。ただ、ドパミン作動性神経細胞やセロトニン作動性神経細胞あたりはできてないので、これが、即、疾患モデルに使われるようになるかというとそんなことはないでしょう。

(2) に関してですが、著者たちが主張したいのは『興奮性ニューロンと抑制性ニューロンがあるので神経回路的に発振していてもおかしくはない』というようなことだと思います。ストーリーとしてははなはだ魅惑的ですね。なんですが、ここからの実験結果が、若干、アヤしくなる。

個々の細胞のパッチクランプをやったという記載はあるんだけど、figure がない。電位計測も空間分解能が粗すぎて個々のニューロンの神経活動が追えていない。6month で薬理学的に阻害して電気活動止まった、といっているんだけど、じゃあなんでそれをミニ脳らしくなっている(=分化マーカーが完全に発現している) 10month でやらなかったのか?というツッコミは入れたくなる。

紹介記事でも「ヒトの脳に類似」(同一とは言っていない)という記載にとどまるのはこのためかなと。

これだけだと、「ある種の化学物質が培養液内を拡散して電気活動がおこっている、場合によっては発振している」ことが否定しきれないんですよ。

ただし、テーマ的にはかなり攻めているし、手間暇もかかっている、業界に一石を投じる内容かとは思います。


こっからの連想で、そういえば、以前、iPS から網膜(正確には網膜色素上皮細胞だが)を分化させて実際に治験まで持っていったことあったよなあと思い、文献収集。

あった、これだ。

Autologous Induced Stem-Cell–Derived Retinal Cells for Macular Degeneration

NEJM という立派なジャーナルに掲載されているし、過去の報道などでは成功と喧伝されていたので、さぞや立派な結果だったのだろう、と予想して読んだら・・・。

まず、症例として報告されたのは 2 例のみ。そのうちの 1 例は、培養中に遺伝子異常が出たとかで移植見送り。

もう 1 例は、移植も実施され、1 年間後にも生着はしているのでこの点は素晴らしいと思うのだが、肝心の視力は「良くも悪くもなかった」ということで、治療という意味ではあまり望ましい結果とはいえなかったようだ。

また、論文中にある OCT の画像の解釈に関して別のグループから「血管新生がおこっているのではないか?」という疑問が投げかけられている

問題となった Fig S10
Fig S10 のキャプション

まあ異議を唱えられたら、アンギオの生データで説明するくらいの対応が必要だと思うが、残念ながらこれはなされていない。


たまたまなのだが、iPS から神経系への分化誘導に関するペーパーを短期間に 2本読んだので、一つのエントリにまとめてみました。

感想ですが、iPS → 神経系 では、確かに構造的には分化誘導はできるようだが、それだけでは肝腎要の「機能の獲得」までできるかというと必ずしもそんなことはないようです。
例えば、ヒトの脳では、ある程度、脳の形ができたとしても、この後、(1) 髄鞘化→ (2) 神経細胞間の連結 → (3) 刈り込み(余剰な連結を「刈り」取っていくわけですね)という風にして、なんと完成までに20年はかかる(蛇足だが、これゆえ統合失調症は若年者発症が多いと推測されている)。
また、視力系に関しては、生まれたばかりの赤ちゃんの視力はおよそ 0.01〜0.02で、物の形がぼんやりと分かる程度。生後2~3カ月かけて、ようやく固視・追視(物をじっと見つめる・目で追う)ができる程度まで熟成していく。網膜上皮細胞〜視細胞〜視神経〜大脳視神経投射部位にこれといった異常がなくても、これくらいの期間がかかってしまうわけです。
悪くなった部分を置き換えた程度で、機能獲得のための後プロセスが自然におこるというのはちょっと考えにくいかなあと思います。
何かあともう一工夫必要なんでしょうね。


などと言っていたら、iPS の総本山 CiRA で先行きに不安を感じさせる事態が進行しているようだ。

iPS研究に迫る「死の谷」

”事業として成立する前に研究開発費が枯渇する「死の谷」が迫っている”
だそうである。

実用化可能なところから優先的に課題を進めていく、といったアプローチがもうちょっとあってもよかったかもしれませんね。

 

猪股弘明
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