他人と何かを「共有」するということ

長らく放置していましたが、そろそろ手を入れていきたいと思います。

最近、嬉しかったのは以前に書いた症例報告(A case of schizophrenia successfully treated by m-ECT using ‘long’ brief pulse)が引用されたのを見つけたこと。

修正型電気けいれん療法により精神症状の改善がみられた薬物治療抵抗性のレビー小体型認知症の1例』Dimentia Japan

が、それ。

 

内容は「レビー小体型認知症(DLB)にm-ECTを施行したらけっこうよかったよ」というもの。

 

…DLB における神経変性や神経細胞脱落が S-D 曲線の右方シフトを引き起こすと仮定すると、mECT によるけいれん発作の閾値を上昇させる可能性がある…

 

 

素朴だが、的を得た考察。右方シフト仮説は、体裁を整えるために5分ででっちあげたことは内緒にしておこう(笑)。

 

以前にも京大の先生方が引用してくれたし、関西を中心に私の方法論広まってないか?

逆に変なのは、この方法論の発祥の地である松沢病院でなぜかこの方法論が定着していないこと。(それともこっそりやってんのかな?)
冷静に考えるとおかしいよね。

ペーパーの類はよく「名刺」に例えられる。パブリッシュされたものだから、外からこう見られたいという思いがそこには詰まっている。そのリファレンスに自分の名前が引用されているのは嬉しいし、内容が適切に接木・シンクロしてあればなおさらだ。そのシンクロの連鎖こそが「共有」の真髄であるように思うのだが、どうだろう?

【参考】ECT における long brief pulse の話題や HorliX (という医療画像ビューア)との絡みに関しては、

RAW ファイルを読み込む -ECT のシミュレーション結果を表示-

に書いたおきました。よろしければご一読ください。

 

 

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