微細構造定数とリーマン予想と物理学帝国主義

ちょっと前に各種 SNS の数学クラスタと物理クラスタで騒ぎになっていたのだが、アティヤというお爺ちゃん数学者が、微細構造定数を計算で導出、そのボーナス(おまけ)でリーマン予想を解いたというニュースが流れた。
当直明け虚脱状態から脱しつつあるので、軽く調べるとアティヤさん自身が書いた解説記事が
The_Riemann_Hypothesis
に落ちていた。
目を通すと、トッド関数を導入し背理法を用いてリーマン予想を解いたとかいうことが書かれていたのだが、ダメだ、よくわからん。
わからないし、こちらには実のところあまり興味がない。学生の頃から周囲が「宇宙がー」とか「素粒子ぃー」とか言っているなか、ホジキン・ハクスリー方程式とか各種測定装置の原理や技術とかにマニアックな関心を寄せていた私が惹かれるのは、微細構造定数の方だ。
こちらの詳細は、
M.F.Atiyah The Fine Structure Constant. submitted to Proc.Roy. Soc A 2018
に投稿中とのこと。なんだ、それじゃ、真偽のほどはまだよくわからないね。
 
なんで微細構造定数が気になるかというと、生体の物性値も組織ごとにある程度は調べられていて、誘電率や導電率なども計測されている。そのときの生体の誘電率 ε(CSF), ε(skin),…etc は真空の誘電率との比を用いて定義され、その真空の誘電率と微細構造定数が軽く(本質的に?)関係しているから。
 
医学でも電気・磁気の力を用いた治療があるが、その力を支配する原理は実用的には(量子的な効果を考えなくてよければ)マクスウェルの方程式で完全に記述される。
例えば、脳灰白質(gray matter)に電場 E をかけたとすれば、
 ε(gray matter)∇・E = ρ
となる。組織をある程度巨視的・均一的にみて、細胞の膜構造などを無視できるとすれば ρ = 0 とおけて(もちろんこれは静電場のみで成り立つ間違った仮定なのだが、ここでは最も簡単な場合の一例として提示)
 ε(gray matter)∇・E = 0
と何ともシンプルな式になる。他の方程式と絡むので適切に交流的に取り扱うのはかなり面倒(だし、間違った理論も山ほど提出されているように思う)だが、やってやれないことはない。
そして物理屋さんたちは理論化・モデル化がある程度完成すれば、数値計算(シミュレーション)に持ち込むことができることを知っている。
最近の CPU の性能はパワフルだ。実用的な時間内に数値解をはじき出してくれるし、解が求まりさえすればそれを HorliX は「美しく」表示してくれる。
 
ところで、こういった訳の分からない開発・研究をさせたとき物理学出身者、特に実験物理屋さんほど最適な人種はいないのではないだろうか?

物理学科は数学科ほどではないにせよ

 就 職 に は 極 め て 不 利 だ が

理論の構築から、実現手段の設計・制作、応用まで割と広範囲にカバーできる。
オープンソースの世界でもオールラウンダータイプの物理屋さんが加わっていると、そのプロジェクトは上手くまわるように思う。
物理出身者は他分野に進出してもその方法論を押し通そうとするのでよく「物理学帝国主義」と皮肉られることがあるが、でも何の有効な方法論も持たずに漫然と作業しているのとどっちがいいだろう?
少なくとも私は精神科にきて初めて ECT を見たとき、「これを何らかの方法で評価しないのは患者さんに虐待しているのと一緒」と思ったけどね。
時代遅れと思われるかもしれないが、私は内心「物理学帝国主義」にはちょっとした誇りを持っているのだ。それに「帝国主義」とはいうものの他分野でその方法論がそのまま使えるほど現実は単純にはできていないと思う。他分野で個々の興味深い問題に取り組むうちにそれが元の理論の自然な拡張になることもあるのではないかと最近では思うようになった。
こういった営為はなかなか周囲に理解してもらえないが、私が「なんかこの人面白いな」と思う人は、なぜかこの手の変わった試みも一緒になって面白がってくれる。
元上司の H 先生や O 先生もそうだったし、最近ではご存知 S 先生も HorliX の熱烈な信者?になってくれている。
HorliX がほぼ宣伝ゼロで世界で売れたのは、このタイプの人々が世界にもいたからだと思う。
有難いことだ。

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都立松沢病院の ECT

『Macの高機能DICOM Viewer/Analyzer : HorliXの紹介 (1)はじめに』

なんでこんな偉大な先生が HorliX のためにここまでしてくれるのだろう?
この感じ、以前にもあったなと思っていたのだが、思い出した。
都立松沢病院麻酔科のM先生だ。
M先生は、私の long brief pulse method を最後の最後まで擁護してくれた。long brief pulse method というのは、悪名高きECTの一種の変法だ。通常設定でECTの効果がなかったとき、刺激波形を決める各種パラメータを一施行毎に変化させ最適値に近づけていく。一種のテーラーメード医療といってもいいと思う。もちろん最適値が事前にわかるわけがないので、施行後に速やかに結果を評価して可能な限り最短手数で最適値を見つけ出す必要がある。
松沢病院では、サイン波 ECT が強く関係していると思われる医療事故がおこったため「サイン波ECTは危険」という認識が生じ(これは疫学的研究からまったく正しい)、それまでの
 ECT装置通常設定無効時→サイン波装置使用
から
 ECT装置通常設定無効時→パルス幅変更
(つまり、サイン波装置は使わない)
といういわゆるlong brief pulse method というアルゴリズムに変わった。
ECTをかける技術が未熟な医師にインシデント・アクシデントおこされて麻酔科医として巻き添えは食いたくないというリスク回避も正直あったと思うが、そこにはそういったことを超えた何かがあったように思う(というかそう思いたい)。
 
その long brief pulse method も現在の斎藤院長に変わり「パルス幅を2倍にすれば、電力は2倍になる。装置の設定を変えるなど言語道断」という電気回路工学的・物理学的には完全に間違った理由で放棄されてしまった。(この主張が成立するのは、系の応答を直流的に取り扱っても良いときだけだが、生体組織は一種の誘電体として振る舞うため、交流的に取り扱わなければならず、問題設定の把握という点から間違えている。また、「共鳴」とは異なる原理なのだが、最適値付近では必要な電荷量は少なくてすむことがかなり多くのグループから報告されており、この特性を把握していないという意味でも間違えている)
そのときもM先生は最後まで抵抗してくれたと聞いている(その時点で私はヒラの医員だったか非常勤だったかで幹部会には当然出席を許されていなかった)。
 
なお、long brief pulse method は無名のジャーナルとはいえ peer-review を通っているので、エビデンスの有り無しでいえば(一例モノでグレードは低いものの)「有り」である。
A case of schizophrenia successfully treated by m-ECT using ‘long’ brief pulse. Inomata H et al, International Journal of Case Reports and Images 2012;3(7):30–34.
有難いことに京大の川嶋先生・村井教授らも追試をおこなってくれているので、何らかの加点要素はあるのではないかと思う。
それに対し、従来アルゴリズムは単に経験的におこなわれているだけなのでエビデンスは「無い」(と思う。すみませんEBMに関してはそれほど詳しくないです)。少なくともAPAのガイドライン的にも「今後の課題」とされていて、はっきりとした指針があるわけではない。
なんでエビデンスのある治療法が、ない治療法に取って代わられなければいけないのか? しかもよくわからない理由で。
 
以前にこのことに関して「今から考えるとおかしい」と書いたのはそういった理由による。
 
そういえば、両先生、(斎藤先生にはまだ実際にはお会いしてないが)容姿なども似ているような…。

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ブレインサイエンスと ECT

やればやるほど ECT はブレインサイエンスの一部門という気がしてくる。

パルス幅だけではなく他のパラメータも操作しているのだが、ある種の規則性があることがはっきりし始めてきた。
けいれん閾値の高い患者さんにいかに効果的な治療をするかということは、結局のところ、神経細胞をいかに効率よく発火させるかということにつながる。当たり前といえば当たり前なのだが、こういう見方をする治療者は少ないように思う。

なお、新規のアルゴリズムではサイン波はまるっきり不要になっている。

(追記)…今までけいれん誘発性はパルス波よりサイン波の方が強いと漠然と思っていたが、ひょっとすると違うかもしれない。設定さえあっていれば、パルス波の方がうまくけいれんをおこすことができるように思う。

精神神経学会からの注意喚起

日常的にはあまり所属していることを感じない精神神経学会であるが、この前サイトにいったらECTの装置(サイマトロンという)ガラミで注意喚起の文書が掲示されてた。
要は、電極を貼るときに準備が不良だと火傷をつくってしまうので(実際に報告があがってきた)注意してくださいねということなのだが、これは内輪では以前からけっこう問題になっていた。研修医〜後期研修医くらいだと全員がサイマトロンの動作まで理解しているわけではないので、みようみまねで変なことをやってしまう人がいる。
電極-皮膚間の接触インピーダンスはかなり高いので電気ショック前にしっかり落とす必要がある。もっとも簡単には
(1) アルコール綿などで表皮の汚れをしっかり取る
(2) 伝導率改善のために生理食塩水や専用の液を(電極か皮膚に)広く薄く塗布する
(3) 乾いてきたら電極を貼る
でよく、これでほぼすべてのケースがサイマトロンの動作範囲におさまる。

今回、問題になったのは (2) のあたりで、電極の一部しか濡らさなかったために伝導度にムラができて電流が集中、結果、火傷が何件か発生したということらしい。(インピーダンスが若干高めで電圧が上昇、この効果で火傷が発生という可能性もあると思うが)

どちらにせよ「施行前には接触インピーダンスをしっかり落とす」ということが理解できていれば防げる事故なので、こういった喚起はありがたいと思う。(一般にも公開していいと思う)

 

医工連携−失敗から学ぶ?編−

流行の医工連携だが、メーカー側にも問題あるんじゃないかみたいなことをこの前書いた。日本の医療機器メーカーは意外に開発意欲がないみたいなことは以前から指摘されているが、その具体例みたいなものだ。これもよく指摘されていることだが、大学の研究者も「難しいことをいっている割に、役に立たない」と批判されている。これも私は実体験がある。

かつて私はECTの物理的なシミュレーションにこっていた(今でもこっているわけだが)。精神科医として駆け出しだった頃、とある日本の工学系の先生の書いた論文を見つけ、ナイーブだった私はそこで披露されたモデルにすっかり魅了された。
そのモデルは、

頭部を構成する各組織の誘電率をεiとし、ポテンシャルをφとして
εi∇・∇φ=0‥(1)
を有限要素法などでまず解いて各節点でのφを求め、次にこの結果と組織の導電率σiを用いて
j=σi∇φ‥(2)
で各要素に流れる電流密度j を求める

というものだった。従来のモデルで取り込まれていなかった誘電性を考慮し、方程式自体も正しそうだ(実際、(1)も(2)も単独であれば条件によっては正しい式だ)。なにより工学系の査読つき雑誌に載っている。というわけで、(今から考えると恥ずかしい限りだが)これは何か意味のあるモデルに違いないと思いこんでしまったのだ。
そのうち、自分で実験したりシミュレーションしたりするようになりこちらの経験値が増えてくると、このモデルが救いようもないモデルに見えてきた。すぐにわかる傷は、

① 外部から交流(でもなんでもいいのだが時間的に変化する波形)をかけた場合、人体であっても電圧と電流の位相はずれるが、
このモデルでは決してずれない
② 電位勾配を誘電性がつくり、その勾配の中を電流が走る、という構成になっているため、電流保存則が成り立たない

だろう。実測と合わないのは致命的にまずい。慣れた人なら「(1)式は静電場の式なので正しいわけがない」で一発アウトだろう。冷静になってみると、誘電率を使っているくせに変位電流がでてこないとか色々と変な点があることに気がつく。「救いようがない」と書いたのはそういう意味だ。

なんでこんなことがおこってしまうのだろう? 一つには、工学というのは、分野によっては、すぐに応用が求められるため、完全に根拠を示さなくても「可能性としてあり」なら査読に通ってしまうという風潮があるからではないかと思う(そうではないまっとうな工学分野の方が大半でしょうが)。また、インパクトファクター至上主義の影響のため、外部から少々の批判があっても関係者がごり押しでとにかく掲載を目指してしまい自分の仕事を冷静に振り返ることができにくくなっているからかもしれない。

医療機器に関して国の審査基準が厳しいのではという意見は数多いが、背景状況を考えると仕方がないのではと思うところがある。もっとも現場の医師は、工学系の人を「よくわからない数式を追っかけまわしている人」くらいの認識だと思うが。けっこう健全な考え方かもしれない。