科学っぽい人と arXiv

以前にもちらっと書いたのだが、ボツになった原稿を arXiv に投稿してみた。今日から読めるようになったので ECT の臨床に関して興味のある方はこちらで読んでみてください。TeX で入稿したので、PDF の他 TeX 生原稿も落とせます。今回は数式がなかったので助かりました。

ところで、arXiv は査読がないので私のような研究志向のある臨床を実践している輩、というかアマチュアサイエンティスト一般と相性がいいように思う。なかには、ペレルマンのようにそのままフィールズ賞まで突っ走ってしまうケースもあるので侮れないサイトだ。ペレルマンはアマチュアではないが、身分的には職業科学者とはいい難い。では、まったくの素人がトンデモな論文を掲載することはできるだろうか? おそらくできない。ほとんどの分野で承認システムを取っているからだ。論文を投稿するためにはそれに相応しい人物かどうか第三者に承認してもらう必要があるのだ。

このあたりは面白いエピソードになりそうで、実際、南堂さんのサイトの記事が興味深かった。この南堂さん、超弦理論を越えるような「超球理論」を思いつきネット上で発表、世界中の専門家に認めてもらうために arXiv に投稿……しようとしたのだが、この承認システムに阻まれ果たせないでいる。

 
ただし、困ったことがある。専門の e-Print の arxiv に投稿しようとしたら、「既存メンバーによる承認」というのを求められた。つまり、誰かの承認がないと、投稿できないわけ。

困っているので、どなたか量子力学の専門家の友人を知っている人がいたら、「南堂の論文が投稿できるように、arxiv で承認してやってくれ」と言ってください。

南堂さんは困っているようだが、実はこの承認システムはすりぬける方法がある。今回の私の投稿がそうだったので披露しておこう。最初、私は q-bio の Neurons and Cognition に投稿しようとしたのだが、この承認システムがでてきたため、断念。しかし、「ニッチをついた様な分野で新しい発見をした場合、承認もへったくれもないだろう。そんな承認システムはこちらから願い下げだ」とまず、まったく承認の要らない分野で投稿。ここで掲載されてもよかったのだが、実は arXiv の中の人はかなり働いているようで、次のようなメールがきた。


Your submission has been moved to the q-bio.NC (Neurons and Cognition) subject class on the advice of our moderators, who have determined it better suited to that subject class. The paper password is unchanged. Any questions regarding moderation must be directed to XXXXXX@arxiv.org. (伏字にしました)

つまり、中の人= moderator は商業ジャーナルのエディターのように内容をチェックしていて、承認の有無とは無関係に内容さえあっていれば適切な分野に reclassified してくれるのだ。今回の場合、結局、最初に希望していた(承認の必要な)分野で掲載となったところが面白いが、だから、承認システムはかなりユルく運用されていることもわかる。
なので、南堂さんにいえることは「まずは承認の不要な分野で投稿してみたら? 内容さえよければ、中の人が適当な分野に振り分けてくれるよ」ということです。
アマチュアに優しい良いシステムではないか。

 

猪股弘明(医師 精神科)

 

ECT と麻酔科

修正型になって筋弛緩剤を使うようになってから、ECT の試行には麻酔科医の協力が必須のものなってきている。
酸素化程度であれば精神科医も訓練次第ではなんとかなるが、血圧の異常な上昇や心肺停止といった不測の事態にはなかなか対応できるものではない。
なのだが、この麻酔科医との協力関係がうまくいってない施設がけっこうあるという。聞いたところでは某有名大学病院がそうなっているらしい。
初期研修医単独で施行しているとか、電極の貼り方がおかしくて煙を吹いたとか、手順そのものが頭に入っておらず手技者がオペ室でフリーズしているとか、けっこう悪い噂が聞こえてくる。
なんとかならないものかと思う。
大半の精神科医がこの治療に乗り気ではないというのは理解しているが、そうならば、水準に達していない施設は ECT はしないとかそういった規制(自主規制を含めて)をした方がいいのではないかと思う。迷惑するのは患者さんなのだから。

 

ブレインサイエンスと ECT

ればやるほど ECT はブレインサイエンスの一部門という気がしてくる。詳しくは、京大・川島先生らの総説をお読みください。

『電気けいれん療法における刺激パラメータ調節の可能性』

パルス幅だけではなく他のパラメータも操作しているのだが、ある種の規則性があることがはっきりし始めてきた。
けいれん閾値の高い患者さんにいかに効果的な治療をするかということは、結局のところ、神経細胞をいかに効率よく発火させるかということにつながる。当たり前といえば当たり前なのだが、こういう見方をする治療者は少ないように思う。

なお、新規のアルゴリズムではサイン波はまるっきり不要になっている。

 

猪股弘明(精神科医師)

(追記)…今までけいれん誘発性はパルス波よりサイン波の方が強いと漠然と思っていたが、ひょっとすると違うかもしれない。設定さえあっていれば、パルス波の方がうまくけいれんをおこすことができるように思う。

ECT とリスク

ECT のこととなるとリスクの話は避けて通れない。
よく「死亡事故は1万件に1回」と言われているが、こういった統計的な数値を知りたくて以前に(というか今も)カルテなどを参考に調べたことがある。
公立の基幹病院クラスだと総施行件数は 500〜2000 件/年 だが、私の調べた病院では、ほぼ 1000件であった。この病院で死亡事故は過去10年間で 1件、これに近い重篤な事態(数分以上の心肺停止など)は 4件で、1万件に1回という数値はおおざっぱには正しいように思う。興味深かったのは、死亡もしくはそれに近い事故はすべてサイン波使用例でおこっていたことで、この事実を認識して以降、私はなるべくサイン波を使わないようにしている。逆にいうとサイマトロンはそれなりに安全で、日本では 2002年から臨床に供されているので、施行件数の多い施設でも数万回以内で、この程度の範囲内であれば目立った事故はおこっていないはずだ。あと10年くらいしたら、もうちょっと具体的な数字がわかると思う。
ところで ECT はよく投薬療法と比較されるが、投薬療法のうち死亡にまで至るような重篤な副作用は悪性症候群だろう。ECT と薬では施行形態が違うので単純比較はできないが、1日の服用を「1回」とするなら、1回あたりのリスクは薬の方がうんと低いだろう。ただ、実際には、ECT の施行頻度は多い人でも数ヶ月に何回かおこなう程度なので、常識的に使っている限りは、時間的な頻度としては ECT に由来する事故はそう多くないはずだ。(悪性症候群で運び込まれてくる患者さんの方が目立つ)
こういったことを考慮すると、ECT は「適応をよく考え、むやみやたらには使わない。ただし、必要なときは使用を躊躇せず、下手なかけかた(=かけそこない、無効刺激)をせずに思い切りよくすぱっとかける」のが正しい使い方ではないかと思う。ECT がよく外科的なオペのように扱われるのはこういった事情が背後にあるからだろう。

猪股弘明

精神神経学会からの注意喚起

日常的にはあまり所属していることを感じない精神神経学会であるが、この前サイトにいったらECTの装置(サイマトロンという)ガラミで注意喚起の文書が掲示されてた。
要は、電極を貼るときに準備が不良だと火傷をつくってしまうので(実際に報告があがってきた)注意してくださいねということなのだが、これは内輪では以前からけっこう問題になっていた。研修医〜後期研修医くらいだと全員がサイマトロンの動作まで理解しているわけではないので、みようみまねで変なことをやってしまう人がいる。
電極-皮膚間の接触インピーダンスはかなり高いので電気ショック前にしっかり落とす必要がある。もっとも簡単には
(1) アルコール綿などで表皮の汚れをしっかり取る
(2) 伝導率改善のために生理食塩水や専用の液を(電極か皮膚に)広く薄く塗布する
(3) 乾いてきたら電極を貼る
でよく、これでほぼすべてのケースがサイマトロンの動作範囲におさまる。

今回、問題になったのは (2) のあたりで、電極の一部しか濡らさなかったために伝導度にムラができて電流が集中、結果、火傷が何件か発生したということらしい。(インピーダンスが若干高めで電圧が上昇、この効果で火傷が発生という可能性もあると思うが)

どちらにせよ「施行前には接触インピーダンスをしっかり落とす」ということが理解できていれば防げる事故なので、こういった喚起はありがたいと思う。(一般にも公開していいと思う)