サイン波かパルス波か?

ECTをかけるとき、サイン波を使うかパルス波(実際にはサイマトロンという名の装置)を使うかという問題がある。業界的には副作用の少ないパルス波を使ったほうがよいということで答えは出ているのだが、最近関心がもたれてきているのは、パルス波でけいれん波が誘発されなかったときどうするか?という問題である。
以前にも書いたが今のところ

パルス波(電気投与量最大)→不成功→サイン波

としている施設が多いようだ。
もう学会のプロシーディングが配布されているので書いてもいいと思うが、僕らのグループがこの問題の解決に糸口を与えた。結論を言うと

パルス波(電気投与量最大)→不成功→パルス幅変更→不成功→サイン波

とするとよいというもの。最終的な確認はまだなのですべての人に奨められるレベルには達していないが、今のところサイン波を使うことなく良好な結果が得られている。
手技的に簡単な割りに得られるところが大きく、私としてはお気に入りの発見の一つ。

 

猪股弘明(精神科)

(追記)…パルス波(デフォールト設定)とサイン波ではサイン波の方がけいれん誘発性が高い。が、認知症状(物忘れなど)が出やすいためサイン波は避けられる傾向がある。さらに、私がサイン波を嫌う理由は、認知症状に加え心血管系のイベントが多そうだという私自身の印象。実際、電気刺激直後は迷走神経が刺激され、いったん副交換神経優位の状態になる。が、すぐに交感神経優位となり、頻脈や血圧の上昇がおこる。要するに循環器系のバイタルが乱高下するのだ。これが身体にいいとはとても思えない。長年に渡りメジャーが処方されていて、かつ、心臓へたり気味なんて患者さんにサイン波でECTをかける度胸は私にはない。

(追記2)やっぱり…。
< 2004年 6月3日 毎日新聞>
上野原町の精神科病院、財団法人・三生会病院(山崎達二院長)で治療中の男性(当時51歳)が電気けいれん療法を受けた直後に死亡した問題で、東京都内に住む男性の遺族は2日、同法人を相手取り、慰謝料など約4000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。
訴状によると、男性は統合失調症のため同病院で治療を受けていた。03年4月24日、男性が通院したところ、担当医ではなく、別の医師がこの日初めて男性を診察。同医師は担当医とは全く異なった「電気けいれん療法」を唐突に選択し、心電図など必要な術前検査を行わずに実施した。その後、男性は心肺停止状態となり、心臓マッサージと人工呼吸を30分続けたが、急性心筋こうそくで死亡した。男性は心筋こうそくの持病があり、病院側も知っていたという。遺族は「医師は術前の検査・診断義務を怠った」と主張。「電気療法の危険性など十分な説明もなかった」と訴えている。
同法人は「詳細を把握していないため、コメントすることが出来ない」としている。

(追記3)…パルス幅変更できれいに治療できた症例をここに公開しておきましたので詳細はそちらを参考にしてください。

(追記3-1)…その後、上の文献で示された方法論は、論文、学会、先輩からの口伝?などで広まっているようです

修正型電気けいれん療法により精神症状の改善がみられた薬物抵抗性のレビー小体型認知症の1例』( Dimentia Japan, 西田岳史・近江翼・松永秀典)

電気けいれん療法における刺激パラメータ調節の可能性』(川島啓嗣・諏訪太郎・村井俊哉・吉岡隆一)

などをお読みください。
もっと基礎的なことも知りたい人は、ここもご覧ください。

(追記4)…学会のプロシーディングがいつになっても web 公開されないので、じれてパブーで公開しました。(現在は無料配付中)

advanced ECT techniques

こちらでもダウンロードできます。

(追記5)その後、学会レベルで「サイン波装置の原則使用禁止」が決められました。原則、もう、使っちゃダメ。

 

ECT Q & A + α

Q1 ECTの適応は?
A1 薬剤抵抗性のうつや統合失調症など。疼痛性障害にも効果があるとがんばっているグループもあるが、当方は経験なし。

 

Q2 必ずよくなるのか?
A2 うつだと8割程度の人がよくなるといわれている。

このあとよくでてくる質問は、「効かなかった場合、どうするのか?」というものだ。もちろん効かない場合もある。しかし、効かないケースはそもそもECTの適応ではなかったという場合が多い。

例えば、うつの場合、薬剤に反応しない人が2〜3割いるといわれている。この人たちが全員ECTにまわるとしたら、100人に4〜6人は効かない計算になる。実感としても納得できる数値だ。

問題はこの「効かない」うつの人たちが、きれいなうつ、いわゆる内因性のうつや適応障害がこじれたようなうつかといえば、ほとんどの場合違う
具体的には、神経症性のうつだったり、ベンゾジアゼピン系薬剤の離脱症状を本人がうつだと強く主張していたり、というケースだ。

どうしてこのようなことがおこってしまうのか?

現在のうつの診断基準が操作主義であるため、神経症性のうつも人格障害に付随してでてくるうつも内因性のうつもひっくるめて「うつ」と一括りにされてしまっているからだろう。

今は消えてしまった診断名であるがゆえエビデンスを示しようがないのだが、ECTの事情通の間では「神経症性のうつにECTは逆効果」という認識はあると思う。
そういった人にECTをかけても効きようがないではないかというのが私の推測だ。

 

猪股弘明(精神科医)

 

学会発表2011春シーズン

ECTに関してちょっと興味深い症例があったので、医用工学系学会と医学系学会の演題発表に投稿しておいたら、まずは医用工学系から採択の通知がきた。

ECTに関するかなり細かい話なので一般に近い聴衆の興味をひくかどうかわからないところもあるが、脳の働きや医療機器に興味のある人だったら興味深く聞いてもらえるんじゃないかと思う。精神科とサイエンティフィックな脳科学との接点というと、MRIなどを使った画像解析やTMSなどを用いた神経心理学的な実験などがあるんだが、そんなに話を大袈裟にしなくても現在普通に行われているECT治療でもやり方や見方を変えれば面白い話題は出てくるよって話です。もちろん臨床にも役に立ちます。

 

猪股弘明(都立松沢病院)

 

発作全般化仮説

では、臨床的には頻用されているECTではあるが、なぜ効くのか?となると突然話がおかしくなってくる。
今のところ、なぜ効くのか明確な理由はわかっていないからだ。
ただ、ある程度の作用メカニズムは提案されていて、その最有力候補は発作全般化仮説という。

 

電気的ショック
→発作焦点の生成
→発作波の成長
→発作波の伝播
→発作波収束
→生物学的プロセス(BDNFやセロトニンの分泌↑)?
→鎮静・抗うつ作用の発現

 

特に、発作波が脳全体に伝播することが効果発現に必須と考えられている。これはよくわかる考え方で、臨床的にもけいれんがしっかり30から60秒ほどかかるとその後の経過も良い場合が多い。
少なくとも単なる電気刺激とは違うメカニズムが働いていることは確かそうだ。

(追記)最近は「生物学的プロセス」が重要だと考えられるようになってきた。というのは電気ショック後より効果が出始めるまで一週間程度かかるから。電気的刺激だけでよくなるなら、けいれん直後より回復するはずだがそうはならない。

精神科医の弱点

ECTはもっぱら精神科医がおこなうわけだが、では精神科医がすべてこの治療法に関して詳しいかというと残念ながらそうではなくむしろ精神科医の関心は薄い。精神科医が興味を持っている治療法は―一般の人がイメージするように―やはり精神療法や薬物療法だ。

私は、これまでこの治療法の関心が薄いのは修正型が日本に普及してそんなに時間が経ってないからだと考えていたが、どうも違うようだ。導入された直後の方がどちらかといえば、熱気はあったように思う。治療効果が期待したほどではなかったので熱気が冷めてきた、ということではない。むしろ、治療の最終手段として臨床現場では確固たる地位を築いている。

最近は、精神科医にとって電気という物理的な存在を治療に使うという発想に違和感があるためではないかと思うようになった。いつだったか「この患者さんの静的なインピーダンスは高いので…(うんぬん)…」と同僚と話していたとき、さる女性研修医から「インピーダンスって何ですか?」と真顔で訊かれたことがある。不審に思って尋ねると、高校の頃、生物を選択すると物理は未履修でも医学部は受けられたらしい(今はどうだか知らないが、当時はそうだったらしい)。大学の教養でも電磁気に力を入れてないとそういうことになってしまうらしい。確かに医学部の専門課程でインピーダンスって言葉は出てこなかったよなあ…。

むしろ患者さんの方がこの治療法に対して勉強熱心だ。躁うつ病でエンジニアなんて方は、精神科医よりも電気に関して詳しいから、ECTに関していろいろ訊いてくる。このブログを始めたのもそれがきっかけになっている。

時間もないのでエッセイ風にまとめると、ECTは精神科医にとって武器であると同時に弱点でもある、ということになろうか。あまり面白くないオチではあるが。

猪股弘明(精神科医)

※…ECTに関して詳しい精神科医であるかどうか見分けるにはこの質問がおすすめかもしれない。それは「ECTに使うパルス波って、電圧が方形波ってことですか? 電流がパルス状ってことですか?」というものだ。答えは、電流の方。電流が四角いパルス状に変化するよう電圧を制御している。現在、日本で使用されているECTの装置は、サイン波は定電圧サイン波、パルス波は定電流パルス波をそれぞれ出力する。