TMSとECT

少し前にNHKの番組でTMS( Transcranial Magnetic Stimulation 経頭蓋的磁気刺激)が取り上げられたせいか外来などでこれに関する問い合わせがちらほらあった。その番組は見逃したのだが、かなりかたよったつくり方だったようで、まるで夢のような治療であるかのように紹介されていたという話だ。
最近はTMSはマークしていなかったので、知らない間にこの分野の治療法が飛躍的な進化を遂げたのかと気になってさきほど PubMed などを調べたが、やはりそんなことはなかった。むしろ重症ではTMSはECTほど効果がないことを示す報告の方が眼につく。

Repetitive transcranial magnetic stimulation versus electroconvulsive therapy for the treatment of major depressive disorder, a randomized controlled clinical trial. Keshtkar M et al; J ECT: 2011; 310-314

前にも述べたと思うが、そもそもECTを使うのはうつが極まって食事をとるのもままならない患者さんや希死念慮が激しくてなかなかコントロールできないケースなどだ。うつだと中等症くらいまでなら、投薬+環境調整でなんとかなってしまう。現行だとTMSは今ひとつ使い道がはっきりしない。(妊娠を希望されていて薬を飲みたくない女性患者の方や癌末期で薬の服用すら難しい患者さんにはかなり有効な方法だと思うが、なぜかこちらの方の努力は一般には取り上げられないし、本格的にやっている施設も少ない)

(追記)…現状だとTMSやDCSは、ニューロリハビリかなあ。

 

猪股弘明(精神科医)

ECT に反対する人々

かつてはかなり物議を醸していたECTであるが、日本では見た目の問題などどちらかというと情緒的な批判が多かったように思う。アメリカの場合、もっと踏み込んだ批判をする人々がいる。

Doctors of Deception: What They Don’t Want You to Know About Shock Treatment

 

この本は、実際に ECT 治療を受けた患者さんが書いたもので、アマゾンでの評価も高いようだ。実際、これまで素朴に疑問に思ってきたことをけっこう明らかにしてくれている。例えば

・世界的に Sackeim がこの業界の権威とされているが、医師免許を持っていない(元々は心理学者)。アメリカでは ECT だけ施行するとか可能なのかと思っていたが、やっぱりダメらしい。また、キャリアの初期に ECT のデバイスメーカーのコンサルタントをやっていたことも明らかにされている。著者はこういったことに対してはっきりと批判している。

・ ECT の研究が盛んな精神科(West Forest, Duke や Columbia など各大学)はメーカーから多額の寄付金を受けていること。また、(これは著者の憶測だと思うが)ネガティブなデータを隠す傾向があること。

などなど。

 

猪股弘明(松沢病院精神科)

 

ECT と麻酔科

修正型になって筋弛緩剤を使うようになってから、ECT の試行には麻酔科医の協力が必須のものなってきている。
酸素化程度であれば精神科医も訓練次第ではなんとかなるが、血圧の異常な上昇や心肺停止といった不測の事態にはなかなか対応できるものではない。
なのだが、この麻酔科医との協力関係がうまくいってない施設がけっこうあるという。聞いたところでは某有名大学病院がそうなっているらしい。
初期研修医単独で施行しているとか、電極の貼り方がおかしくて煙を吹いたとか、手順そのものが頭に入っておらず手技者がオペ室でフリーズしているとか、けっこう悪い噂が聞こえてくる。
なんとかならないものかと思う。
大半の精神科医がこの治療に乗り気ではないというのは理解しているが、そうならば、水準に達していない施設は ECT はしないとかそういった規制(自主規制を含めて)をした方がいいのではないかと思う。迷惑するのは患者さんなのだから。

 

ブレインサイエンスと ECT

ればやるほど ECT はブレインサイエンスの一部門という気がしてくる。詳しくは、京大・川島先生らの総説をお読みください。

『電気けいれん療法における刺激パラメータ調節の可能性』

パルス幅だけではなく他のパラメータも操作しているのだが、ある種の規則性があることがはっきりし始めてきた。
けいれん閾値の高い患者さんにいかに効果的な治療をするかということは、結局のところ、神経細胞をいかに効率よく発火させるかということにつながる。当たり前といえば当たり前なのだが、こういう見方をする治療者は少ないように思う。

なお、新規のアルゴリズムではサイン波はまるっきり不要になっている。

 

猪股弘明(精神科医師)

(追記)…今までけいれん誘発性はパルス波よりサイン波の方が強いと漠然と思っていたが、ひょっとすると違うかもしれない。設定さえあっていれば、パルス波の方がうまくけいれんをおこすことができるように思う。

ECT とリスク

ECT のこととなるとリスクの話は避けて通れない。
よく「死亡事故は1万件に1回」と言われているが、こういった統計的な数値を知りたくて以前に(というか今も)カルテなどを参考に調べたことがある。
公立の基幹病院クラスだと総施行件数は 500〜2000 件/年 だが、私の調べた病院では、ほぼ 1000件であった。この病院で死亡事故は過去10年間で 1件、これに近い重篤な事態(数分以上の心肺停止など)は 4件で、1万件に1回という数値はおおざっぱには正しいように思う。興味深かったのは、死亡もしくはそれに近い事故はすべてサイン波使用例でおこっていたことで、この事実を認識して以降、私はなるべくサイン波を使わないようにしている。逆にいうとサイマトロンはそれなりに安全で、日本では 2002年から臨床に供されているので、施行件数の多い施設でも数万回以内で、この程度の範囲内であれば目立った事故はおこっていないはずだ。あと10年くらいしたら、もうちょっと具体的な数字がわかると思う。
ところで ECT はよく投薬療法と比較されるが、投薬療法のうち死亡にまで至るような重篤な副作用は悪性症候群だろう。ECT と薬では施行形態が違うので単純比較はできないが、1日の服用を「1回」とするなら、1回あたりのリスクは薬の方がうんと低いだろう。ただ、実際には、ECT の施行頻度は多い人でも数ヶ月に何回かおこなう程度なので、常識的に使っている限りは、時間的な頻度としては ECT に由来する事故はそう多くないはずだ。(悪性症候群で運び込まれてくる患者さんの方が目立つ)
こういったことを考慮すると、ECT は「適応をよく考え、むやみやたらには使わない。ただし、必要なときは使用を躊躇せず、下手なかけかた(=かけそこない、無効刺激)をせずに思い切りよくすぱっとかける」のが正しい使い方ではないかと思う。ECT がよく外科的なオペのように扱われるのはこういった事情が背後にあるからだろう。

猪股弘明