サイン波装置サポート終了

最近、小耳にはさんだところによるとECT(電気けいれん療法)のサイン波装置(通称『木箱』)のサポート終了が決まったそうだ。
数年前から生産は中止されていたのだが、未だに使われている施設があるので細々とながらメーカーのサポートがおこなわれていたのだ。
副作用などの観点から、大学病院や基幹病院では既にパルス波装置が供用されているのだが、諸々の理由(パルス波装置が高額、麻酔科医が必要etc)で生産が中止されたにもかかわらず、今でも現役で使われているのだ。
法的な問題は詳しくないのではっきりとはいえないのだが、メーカーサポート切れの医療機器を使い続けるのはかなり問題あると思うので、今後は公的には使えなくなると思う。

私が非常勤で勤務している病院は、サイン波装置はあるものの実質的には使っていないので(非常に曖昧な形ですが、私のアルゴリズムに従ってもらってます)、大して影響を受けないはずですが、日本の公的なアルゴリズムでは『パルス波無効→サイン波に切り替え』と謳われているので、何らかの手当てが必要なはず・・・なんだけど、今のところ、動きがみられない。

精神科治療的には、けっこう重要な役どころを担っているだけに、そろそろここらへん詰めないといけないでしょうね。

 

『梅ちゃん先生』と『大森界隈職人往来』

周囲から「視ろ、視ろ」と薦められていた『梅ちゃん先生』を総集編でようやく視聴。開業の方向に誘導しようという意図?だったのかもしれないが、興味を持ったのは蒲田周辺の町工場の様子。

一回目の大学時代にボスから「0.1nm(1nm=10^-9m) 精度で位置決めできる装置をつくれ」という無茶苦茶な指示を受け、拙い図面をひいてここらへんの町工場に何度か足を運んだことがある(ここらへんの経緯は『下から見た ERATO』を読んでください)。「こんなのつくれっかよ!」とか言いながら、最終的には親身になって相談にのってくれた片岡鶴太郎的職人も当時は顕在であった。
ここらへんの事情を知りたい若い人は是非『大森界隈職人往来』あたりを読んでほしい。

ところで、あんまり感心しなかったのは、ここまで誠実な医療に対する志と高度な精密加工技術を持った職人マインドを描いているものの、これらがイノベーション的にはまったく噛み合っていない点。情緒的には、NHK的な結婚という形でしっかり結びついてはいるんですけどね。
当時の英米では、ハクスリーやシュワンが、高度な電子技術を持って生体物性そのものに肉薄していき、それらの遺産が、例えばペースメーカーなどの技術に受け継がれ現在の隆盛に繋がっている。

こういったことを考えると、「過去を振り返るのはいいんだけど、現在や未来につながる視点も持とうよ」ともの凄く野暮な感想を持ってしまった。

猪股弘明(精神科医)

解離

フランク・W・パトナムの『解離』(中井久夫訳)を読む。眼をひいたのは第8章。小児の行動を記述するのに「離散的行動状態モデル」が有用であって、これは解離現象のモデルとしても有力であるという指摘。
これは、わかりやすい発想だ。小児病棟などで赤ちゃんをみていると限られた状態しかとっていないことに気がつく。いわく、大泣きしているか、ぐすっているか、食事をとっているか……。
私なんぞは四肢をばたばたしている赤ちゃんを見ると「ああ、内部モデルを獲得しつつあるんだなあ」などと思っていたのだが、こういう見方もあったのか。なるほど。

猪股弘明(医師)

80年代風サブカル批評と『おやすみ プンプン』

バブル真っ盛りの80年代後半、どういうわけかサブカルチャーが隆盛していた。また、それを「ニューアカデミズム」的な観点から批評するという流れもあった。

その後も、例えば『エヴァンゲリオン』のような精神や宗教をからめた作品が出現するとその系譜の批評がちらほらでたりする。が、時代が変わったのだろうかそれほどは社会に影響を与えていないような気がする。当時は、時代を巻き込むような勢いがあったような印象がある。

自分も精神科領域で働くようになり、精神医学が絡んでくるような作品に出会うと専門職的な視点から作品を眺めるようになった。

最近、おおと思ったのは『おやすみ プンプン』のヒロイン母殺害後のヒロインの行動。かいつまんでいうと、実母からとある宗教の布教の手先に使われていたり、肉体的・精神的な虐待を受けていたヒロインが主人公と結ばれた翌日、二人で母と対峙。逆上した母と揉みあううちに二人はその母を殺めてしまう。その後、二人のとった行動は、その遺骸を山中に埋めてしまうというもの。ここらへんの絶望感ややり切れなさは上手く描かれている。

そして感心したのは、その後のヒロインの描き方。

よく映画や小説には謎めいた「記憶喪失キャラ」が出てくることがあるが、実際に多いのは犯罪をおかした場合である。自分が犯した罪の大きさを受けとめきれずにその部分を切り離してしまう。具体的には、その部分の記憶がすっぽり抜けたり、別人格になって遁走したりする。一般的に「解離」といわれているような現象だ。

半ば解離がおこりかけた状態や PTSD 的な悪夢などヒロインのメンタル面の描き方がかなりリアルなのだ(120話)。さらにヒロインのメンヘラー化は進み、「自分だけを見ていてほしいから」とフォークで主人公の左目を潰そうとする(121話)。おそらく作者の浅野いにお氏はかなりここらへんを勉強したのではないかと思うが、作品には勉強した痕跡を残さず、そのエッセンスを上手く作品のなかに溶け込ませている。

一方で作品の伏線として宗教が大きな要素となっており、こちらはこちらで多くのエピソードが描きこまれている。ヒロインのメンヘラー化の行方や宗教的な伏線の盛り上がり方からみて作品は終盤をむかえているようだが、これら要素がきれいにまとまると相当レベルの高い作品になるのではないかと思う。

猪股弘明(精神科医)