医工連携−学会出張編−

この4月に医用工学系の学会にいってきた。自分の発表をするためもあるが、工学系の研究者がどんなことをしているのか興味があったからだ。

私の発表は、数少ない医学系研究者にはそれなりに評価してもらったようだが、一般の工学系の方々には今一つうけなかったようだ。テーマ自体が精神科領域のECTということに加え、最終的な主張が「現在使われている医療機器も、手技の進歩に応じてマイナーチェンジすべきではないだろうか」というおそろしく地味なものだったせいだろう。あー、でもこの主張をひっこめるつもりはありません。

工学系の発表を眺めると…。なんか微妙。現行の装置の改良というよりは「第二のCT・MRI」を目指したネタが多かったように思う。現場をくぐりぬけた立場からいえば、なんか夢みたいな研究だなという印象。夢みたいなことをいうのはいいんだが、臨床的な感覚がないがゆえに研究自体が変な方向にいっちゃてるのもけっこうあったような・・・。

例えば、TMS。

かつては「未来のECT。しかも安全」ということでそれなりに期待されていたが、期待ほどは普及しなかった(→これは、その後、保険収載されて 2019 現在ではそこそこ普及してきたが、設置基準などの問題もあり、今でもどこでも受けられる治療法ではない)。これにはかなり納得すべき理由がある。実は「ECT vs TMS」の比較化試験は既におこなわれており、その結果は「うつ病の中等症までは効果は同等、しかし重症ではECTの圧勝」というものだったからだ。一見するとTMSも有用に見えるが、現在のところ、うつ病の治療戦略全体から考えると重要度はそれほどまで高くない。なぜならば、中等症までならば「精神療法+薬物療法、さらに環境調整」でなんとかなってしまうケースが多く、あえてTMSを持ち出す必然性が見当たらないからだ。というより、軽症〜中等症までならECTもTMSも使わずになんとかしようと思うのが普通ではないだろうか。(ただし、日本でのTMSは海外で行われているそれより成績がいいという報告もちらちらある。が、これは本邦の精神科医が熱心で、治療のために患者さんの通院頻度が上がり、さらにそのときに医師・カウンセラーとの接触が増えるので、そのためではないかと推測されている)

話が若干逸れたが、工学系の方々も臨床の、特に疫学系の論文を読んだほうがいいんではないかと思った次第だ。

 

猪股弘明(医学士・理学士)

 

ブラジル・ガラパリと研究デザイン

ビタミン飲料業界におけるレモン並みに「自然高放射線地域」として引き合いに出されるブラジル・ガラパリ地方であるが、その健康への影響を調べた資料がネット上で手に入る。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-03

話は一見するとわかりやすい。

A「ガラパリの住民202人とその対照地域の住民147人についての調査結果によると、(抹消血リンパ球の)染色体異常(欠失、2動原体、リング)の頻度はガラパリと対照地域とでは有意に異なっており、検査細胞数中の染色体異常の割合(%)は対照地域の0.98%に対して1.30%とガラパリの方が高くなっている」

B「しかしながら、エスピリト・サント州の夫婦8000組とその妊娠終結(生・死・流産)44,000回について、産児の性比、先天性異常、流産、死産、乳児死亡、生殖能(受胎率、出産率)を調べた結果によると、対照群と比較して、「良い」影響も「悪い」影響も認められなかった」

ということで、C「染色体異常は生じるが、妊娠出産に関しては問題なし」と解釈できそうだが、たぶんそういう結論にはならない。

なぜなら、A と B では母集団が違うから。(なお、ガラパリはエスピリト・サント州にある)

C をいうためには染色体異常を調べたガラパリの集団の夫婦と妊娠終結を調べなくてはならないはずだが、どういうわけかこの研究デザインでは妊娠出産に関しては母集団を広げてしまっている。私の感覚ではこれはおかしい。例えとしては不完全だが「××川周辺では確かに水俣病類似の症状を示す患者が有意に多いが、××川のある○○県全体と他の地域では差はない。だから、××川周辺は安全だ」っていってるようなもんでしょ。特定の「濃い」地域を全体に還元しちゃえば、そりゃ薄まるよね。あと、便宜的に「妊娠出産」と書いたが、実は妊娠に関しては、このデータは何もいってない。妊娠終結44,000回がデータだから、妊娠のしやすさなんてことはこのデータからはわからない。

つっこみどころ満載のこの研究デザインであるが、C が仮にいえたにしても D「だからガラパリ程度に放射線量が上がっても健康(少なくとも出産に関しては)には被害はない」とはいえないはずだ。

この手の研究は統計的な均質性、つまり比較対象には質的な差はないという前提から出発しているが、実際のデータはバイアスがつきものでこれを評価する必要がある。すぐに思いつくのは「ガラパリでは長年に渡る放射線被曝の影響を低減するために既に選択圧がかかっており、放射線耐性を持った個体(例えばDNA修復を助ける特定の酵素の活性が高い個体)が有意に多い」というもの。

このバイアスの影響を打ち消すためには「他地域に住む人をガラパリに連れていき、その集団とネイティブのガラパリの人たちと比較する」ことが一案だが、しかしこれは福島で今おこっていることに限りなく近い。

一部の識者から「避難指示の範囲を拡大しないのは人体実験をしているようなもの」という指摘があるが、それは以上のような理由からだろう。

 

学会発表2011春シーズン

ECTに関してちょっと興味深い症例があったので、医用工学系学会と医学系学会の演題発表に投稿しておいたら、まずは医用工学系から採択の通知がきた。

ECTに関するかなり細かい話なので一般に近い聴衆の興味をひくかどうかわからないところもあるが、脳の働きや医療機器に興味のある人だったら興味深く聞いてもらえるんじゃないかと思う。精神科とサイエンティフィックな脳科学との接点というと、MRIなどを使った画像解析やTMSなどを用いた神経心理学的な実験などがあるんだが、そんなに話を大袈裟にしなくても現在普通に行われているECT治療でもやり方や見方を変えれば面白い話題は出てくるよって話です。もちろん臨床にも役に立ちます。

 

猪股弘明(都立松沢病院)

 

AED

国内AEDの半分に故障の恐れ 日本光電の10万台

医療機器製造販売会社、日本光電工業(本社・東京都新宿区)は 20日、同社が販売した自動体外式除細動器(AED)の一部に心電図を解析できない不具合があったと発表した。同じ部品を使う機種は全国に約10万7千台あり、今月下旬にも点検を始めて故障が見つかれば修理する。厚生労働省によると、国内で設置済みのAEDは約21万台で、点検対象は約半数に上る。

 同社によると、点検対象のAEDは米国製で、商品名は「カルジオライフ」。型式は「AED―9100」「同9200」「同9231」「同1200」の4種類で、国内外で約30万台が販売されている。心電図解析は心臓に電気ショックを与える前に必要な検査で、これまでに2件の不具合があったという。うち1件は奈良県で4月、80代の女性に使用した際のトラブル。女性はその後、死亡したが、AEDの不具合と死亡の因果関係は不明という。

というニュースが目を引いた。
というのもサイマトロンの発売元が光電メディカルという日本光電の子会社だからだ。エレクトロニクス立国と言われる割には日本は医療機器分野、特に人体に侵襲を加える医療機器への開発意欲は低い。医療機器というのはつくりっぱなしというわけにはいかず、今回のニュースのように何か問題がおこった際には迅速な対応が求められ、当然、承認も慎重ならざるをえず、結果としてメーカー・行政ともにこの分野には及び腰となっているからだ。必然的に海外で承認済みのものが国内で使われることになる。

困るのは、そのせいで仕様が国内で明らかにされず装置自体がブラックボックスとなってしまう傾向があるということだ。このニュースをダシにしていってしまうとシミュレーションをやる際、パルスの電流制御の方法を知りたくて光電メディカル経由で開発元に訊いたことがあるのだが、案の定、なしのつぶてであった。電流制御はサイマトロンのキモとなる技術でそうやすやすと明らかにしたくないんだろうが、自分たちが何やってるかわからないというのは私のような人間にはかなり気持ちの悪い事態で、今回のようなことがあったりするとなおのことなんとかならないかと思ってしまう。

今回の件は、あちこちで流れたニュースを総合すると装置を自己診断するソフトが機能しなかったためそれをとりかえる、ということですみそうだ。が、そもそも心電図解析のアルゴリズムに致命的なバグがある(ある種のVT・Vfを正常ととってしまうなど)、という可能性も考えられ、その場合にはアルゴリズムくらいは公開されていないと事例解析にならないと思うのだ。

■追記
もうちょっと詳しく調べないとわからないのだが、現行の心電図解析のアルゴリズムはかなり簡略なものが採用されており事実某社の製品では

機種により解析アルゴリズムには違いが持たされており、同じECGが入力された場合に製品Aでショック指示が出たとしても、製品Bではショック指示が出ないことや、またその逆も考えられます。

と表記してある。
やはりこれアルゴリズム自体の検討もやった方がいいんではないかと思う。循環器内科医はBLSの講習もいいのだが、こういう仕事もすべきだと思うよ。

 

猪股弘明(医師)

 

医学部受験における「展開」の発見

医学部受験に関して医学部生時代に書いた文章を発掘したので、修正・加筆して掲載。


センター終わったようですね。受験者のみなさま、おつかれさまでした。私はテスト終了後の、あの心地よい疲労感が好きでした。

で、今年の結果をちらちら見聞きして気づいたのですが、今年は医学部志望者は(800 点満点で)700 点オーバーの人が多そうですね。私が受験した年は、問題が難しかったせいか、はっきりいってバラけてました。こういう速い展開だと一次重視の大学では「前残り」で決まってしまうケースが多いと思います(出遅れた古馬がいくら追い込んでも新馬の壁に阻まれてなかなかカワせない)。同様の理屈で、たいていの大学の後期も「前残り」で「ボーダーに並んだ場合どちらかといえば現役を取る」ことから「再受験不利」ではないかと思います(センターで30馬身くらいチギってたら話は別)。

どこかで、去年のデータを持ち出して、センター8割以下の人でもけっこう受かっている、という話をしていましたが、去年と今年の単純比較は、上のような理由でちょっとヤめといた方がイイと思いました。これは私見ですが、去年後期で再受験生が(しかもとんでもない位置から)けっこう受かってますが、あれは馬場が悪くペースも上がらず、結果、バラけた展開となった去年だったから、という気がします。

というわけで「今年はなるべく前期で決める」「はっきりいって後期はアテにならん」というのを頭のスミに留めておくといいと思います。

ただし、前期・後期に関わらず2次重視の大学は、あんま関係ないでしょう。好位につけていれば(今年の場合680前後か?)、ボーダーの数点など気にする必要はないと思います(それより問題との相性の方がよっぽど重要)。

ところで、大川慶二郎の競馬評論への最大の貢献は「展開」の発見であり、これは大学入試というレースにも通じるところがあると思うのだがどうだろう?

実際私はセンター初日の数1Aの試験の最中けっこう苦しかった(誰だって苦しい)のだが、「この難易度ならここを乗りきってしまえば差をつけられる」と他馬の動きを気にしていた。で、周りの受験生の表情と自分の手応えから志望大学のボーダーを予想し、例年よりボーダーが落ちるという確信のもと、二日目は、国語の選択肢の切り方を安全の方に振るなどギャンブルは避けた。試験は、もちろん自分との闘いであるが、選抜試験という意味合いでは馬場や他出走馬との兼ね合いで勝負が決まる相対的な競争である。はやくいえば、ハナ差でもゴール板にはやく飛び込めば勝ちなのである。しかも一番でなくていい。随分、泥臭い捉え方かもしれないが。


「受験前の心構え」みたいな話はよくあるのだが、テストを受けている時の心の持ちように関して述べた話はあまりなく、初出時、けっこう好評でした。

 

猪股弘明(横市大医卒 精神科医)