精神神経学会からの注意喚起

日常的にはあまり所属していることを感じない精神神経学会であるが、この前サイトにいったらECTの装置(サイマトロンという)ガラミで注意喚起の文書が掲示されてた。
要は、電極を貼るときに準備が不良だと火傷をつくってしまうので(実際に報告があがってきた)注意してくださいねということなのだが、これは内輪では以前からけっこう問題になっていた。研修医〜後期研修医くらいだと全員がサイマトロンの動作まで理解しているわけではないので、みようみまねで変なことをやってしまう人がいる。
電極-皮膚間の接触インピーダンスはかなり高いので電気ショック前にしっかり落とす必要がある。もっとも簡単には
(1) アルコール綿などで表皮の汚れをしっかり取る
(2) 伝導率改善のために生理食塩水や専用の液を(電極か皮膚に)広く薄く塗布する
(3) 乾いてきたら電極を貼る
でよく、これでほぼすべてのケースがサイマトロンの動作範囲におさまる。

今回、問題になったのは (2) のあたりで、電極の一部しか濡らさなかったために伝導度にムラができて電流が集中、結果、火傷が何件か発生したということらしい。(インピーダンスが若干高めで電圧が上昇、この効果で火傷が発生という可能性もあると思うが)

どちらにせよ「施行前には接触インピーダンスをしっかり落とす」ということが理解できていれば防げる事故なので、こういった喚起はありがたいと思う。(一般にも公開していいと思う)

 

サイマトロンの設定と RCT 神話

ここ数年精神科臨床で主に取り組んできたことは ECT (ElectroConvulsive Therapy 電気けいれん療法) に関することだが、簡単に言えば施行条件を変えることで効果に違いが出てくるのでそれに留意して施行しましょうということになる。
もっとも簡単に変えられる条件は

(A)電極の置き位置
(B)パルス波形

だ。もともとこれらはアメリカの Randomized Contorl Trial (RCT 日本では二重盲検試験などと訳される) の結果に基づくもので、最初にこういうことをやった人は偉いと思う(特に(A)を最初に発見した Bailine さんの発想は凄いですね。 彼の治療を受けられた NY の人たちは幸運だと思う)。
ところがこの貴重な RCT の結果の受けとめ方が、日本とアメリカでは異なってきている。日本ではどちらかいうと「これこれというエビデンスがあるから、この患者さんにはこういう条件で施行しよう」と患者さん個々を指向した最適化の方向に向かっているの対し、アメリカでは個体差なぞ目もくれず「かくかくのエビデンスがあるから、すべての患者さんにこれ!」といったかなり思い切った一般化の方向に向かっている。さすが正義とガイドラインの国。
私なんぞは前者寄りもいいところで、一時期は患者さんごとにすべてサイマトロン(という ECT で使う電気刺激装置)の条件を変えて施行していた(標準的な手法ではけいれんすらおきない患者さんが多かったせいもある)。
具体的にいこう。例えば、最近は(B)の中でもパルス幅の設定に注目が集まっているが、従来の1.0msに比べ0.25msのパルス幅が治療効果の上でも副作用の面でも有利であるというのが RCT の結果である。アメリカでは「だからすべての患者に0.25や0.3msのパルス幅で施行しよう」という流れになっている。
とんでもない話だ。
現場にでてみればわかるが、0.25msではけいれんすらおきない患者さんはかなりいる。デフォルトの0.5msでけれいんがおきなかった場合、むしろ1.0や1.5msでしかかからない患者さんの方が多い。
これはガラパリの自然放射能のときにもいったことだが、バイアスの評価をしっかりしないと間違った解釈をしてしまう。ultrabrief pulse(パルス幅 0.1-0.5msのパルスを彼らはこう呼んでいる)を提唱している連中の頭の中は、きっと最適パルス幅は分散 0 でデルタ関数のようにultrabrief の領域に屹立していると思い込んでるのだろう。こんな風に

が、これはありえそうもない話だ。最頻値はこの領域にあるにしてもたいていのデータというものはこの値を中心にある程度の分散で分布してるものだ。基礎的な研究はかなりはっきりこういったことを示している。

統計的な処理をすれば、はずれ値というものは埋没するが、実際の臨床現場で治療に難渋するのはこういったはずれ値を持つ難治の患者さんだ。だから、こういった患者さんに対しては、ガイドライン的な治療をそのまま適用したのでは効果が出ないことが多い。治療が難しい患者さんには病態を理解しそれに適した対応を考えるというのが自然だし、治療効果も高いであろう。そういった意味では、日本の医師たちは頑張っているように思う。
少なくとも「RCT の結果があるから治療法はこれのみが正しい」といったおかしな RCT神話は捨てた方がいいのではないかと思う。とりわけ患者さんの個人差が大きい(と思われる)精神科領域では。

猪股弘明(精神科医)

 

研究予算

おかげさまで某自治体より研究予算をいただいた。
より安全なECTの施行方法を確立することで住民の皆様には成果を還元したいと思うが、個人的に嬉しいのはもうやる気のない企業と金策のために無理に組まなくてもいいことだ。

やる気のない企業とは何か?

臨床にアクセスできるわけでも具体的なアイディアを持っているわけでもないのに、なぜか変な自信だけはあって具体的な反応に乏しい企業のことだ。

 

猪股弘明

医工連携−学会出張編−

この4月に医用工学系の学会にいってきた。自分の発表をするためもあるが、工学系の研究者がどんなことをしているのか興味があったからだ。

私の発表は、数少ない医学系研究者にはそれなりに評価してもらったようだが、一般の工学系の方々には今一つうけなかったようだ。テーマ自体が精神科領域のECTということに加え、最終的な主張が「現在使われている医療機器も、手技の進歩に応じてマイナーチェンジすべきではないだろうか」というおそろしく地味なものだったせいだろう。あー、でもこの主張をひっこめるつもりはありません。

工学系の発表を眺めると…。なんか微妙。現行の装置の改良というよりは「第二のCT・MRI」を目指したネタが多かったように思う。現場をくぐりぬけた立場からいえば、なんか夢みたいな研究だなという印象。夢みたいなことをいうのはいいんだが、臨床的な感覚がないがゆえに研究自体が変な方向にいっちゃてるのもけっこうあったような・・・。

例えば、TMS。

かつては「未来のECT。しかも安全」ということでそれなりに期待されていたが、期待ほどは普及しなかった(→これは、その後、保険収載されて 2019 現在ではそこそこ普及してきたが、設置基準などの問題もあり、今でもどこでも受けられる治療法ではない)。これにはかなり納得すべき理由がある。実は「ECT vs TMS」の比較化試験は既におこなわれており、その結果は「うつ病の中等症までは効果は同等、しかし重症ではECTの圧勝」というものだったからだ。一見するとTMSも有用に見えるが、現在のところ、うつ病の治療戦略全体から考えると重要度はそれほどまで高くない。なぜならば、中等症までならば「精神療法+薬物療法、さらに環境調整」でなんとかなってしまうケースが多く、あえてTMSを持ち出す必然性が見当たらないからだ。というより、軽症〜中等症までならECTもTMSも使わずになんとかしようと思うのが普通ではないだろうか。(ただし、日本でのTMSは海外で行われているそれより成績がいいという報告もちらちらある。が、これは本邦の精神科医が熱心で、治療のために患者さんの通院頻度が上がり、さらにそのときに医師・カウンセラーとの接触が増えるので、そのためではないかと推測されている)

話が若干逸れたが、工学系の方々も臨床の、特に疫学系の論文を読んだほうがいいんではないかと思った次第だ。

 

猪股弘明(医学士・理学士)

 

医工連携−失敗から学ぶ?編−

流行の医工連携だが、メーカー側にも問題あるんじゃないかみたいなことをこの前書いた。日本の医療機器メーカーは意外に開発意欲がないみたいなことは以前から指摘されているが、その具体例みたいなものだ。これもよく指摘されていることだが、大学の研究者も「難しいことをいっている割に、役に立たない」と批判されている。これも私は実体験がある。

かつて私はECTの物理的なシミュレーションにこっていた(今でもこっているわけだが)。精神科医として駆け出しだった頃、とある日本の工学系の先生の書いた論文を見つけ、ナイーブだった私はそこで披露されたモデルにすっかり魅了された。
そのモデルは、

頭部を構成する各組織の誘電率をεiとし、ポテンシャルをφとして

εi∇・∇φ=0‥(1)

を有限要素法などでまず解いて各節点でのφを求め、次にこの結果と組織の導電率σiを用いて

j=σi∇φ‥(2)

で各要素に流れる電流密度j を求める

というものだった。従来のモデルで取り込まれていなかった誘電性を考慮し、方程式自体も正しそうだ(実際、(1)も(2)も単独であれば条件によっては正しい式だ)。なにより工学系の査読つき雑誌に載っている。というわけで、(今から考えると恥ずかしい限りだが)これは何か意味のあるモデルに違いないと思いこんでしまったのだ。
そのうち、自分で実験したりシミュレーションしたりするようになりこちらの経験値が増えてくると、このモデルが救いようもないモデルに見えてきた。すぐにわかる傷は、

① 外部から交流(でもなんでもいいのだが時間的に変化する波形)をかけた場合、人体であっても電圧と電流の位相はずれるが、このモデルでは決してずれない

② 電位勾配を誘電性がつくり、その勾配の中を電流が走る、という構成になっているため、電流保存則が成り立たない

だろう。実測と合わないのは致命的にまずい。慣れた人なら「(1)式は静電場の式なので正しいわけがない」で一発アウトだろう。冷静になってみると、誘電率を使っているくせに変位電流がでてこないとか色々と変な点があることに気がつく。「救いようがない」と書いたのはそういう意味だ。

なんでこんなことがおこってしまうのだろう? 一つには、工学というのは、分野によっては、すぐに応用が求められるため、完全に根拠を示さなくても「可能性としてあり」なら査読に通ってしまうという風潮があるからではないかと思う(そうではないまっとうな工学分野の方が大半でしょうが)。また、インパクトファクター至上主義の影響のため、外部から少々の批判があっても関係者がごり押しでとにかく掲載を目指してしまい自分の仕事を冷静に振り返ることができにくくなっているからかもしれない。

医療機器に関して国の審査基準が厳しいのではという意見は数多いが、背景状況を考えると仕方がないのではと思うところがある。もっとも現場の医師は、工学系の人を「よくわからない数式を追っかけまわしている人」くらいの認識だと思うが。けっこう健全な考え方かもしれない。

 

猪股弘明 医師:精神科 理学士:物理
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