なぜ、西浦の予測は外れるのか?

8割おじさんこと西浦氏の評判は、周囲では最悪に近いのだが、その理由など。

感染症数理モデルの SEIR モデルは以下の通り。


すぐに気がつくのは再生産数 R は、このモデルには直接には入っていないことです。

細かい誘導は省略するが、R = β/γ (1/γ が平均感染期間、β は感染率)です。
βの方が基本的な指標なのは明らかでしょう。デルタ株では β が大きくなっているから、「結果」として R が増大しているんだ、と考えるのが自然です。

注目すべきなのは第二式で、その第二項を無視すれば

dE/dt = βSI

という高校生でもわかるような1階の常微分方程式になります。

これの意味するところは
「時間当たりのE(暴露者)の増分は、既に感染が成立している人数(I)とまだ感染していない人数(S)とβ(感染率)の積に比例する」
です。(だから、感染初期では指数関数的に陽性者が増えていくわけですね)
この時点でも確率的に考えているわけですから、E を増やしたくなければ β をコントロールして感染対策を考える、と思考を進めていかなくてはいけないはずです。

実際には β は、株の種類やワクチン接種率の関数になっていると思われますから、その関数型を仮定してモデルから予測→現実の数値と突き合わせる、というプロセスを踏まないと「科学」にはなりません。
反証可能性というのは、科学の基本だと思いますが、西浦の言い分は(モデルに基づいていないため)反証可能性が不十分です。

筋のいい人なら気がつくと思いますが、ある時点での結果として出てきた R をいじっても数理モデルとしては何の根拠もありません。
微分方程式の系は、それとは無関係に時間発展していくからです。

西浦の予測が外れる主な理由はこれでしょう。

 

猪股弘明
精神科医(精神保健指定医)
理学士(物理)

 

世界一は立派だと思うが、速さよりアルゴリズムの方が重要な時代なのでは?

日本製スパコンの計算速度が世界一になったとか。
(→その後、転落。「2位じゃダメなんですか」発言があったり、その反動として「世界トップを目指す基礎研究の意義」みたいなことが議論されたが、ここでは実際に計算機を使って何かをしている人の個人的な感想みたいなものを述べてみたい)
私は、たまに計算機を用いた物理学的なシミュレーション(数値解析)をやることがあるのだが、その目処をつける段階では正直「計算機の多少の速度差は、ほとんど意味を持たない」という実感を持っている。
アイキャッチのフィギュアは、ECT 施行時の脳内での電流密度を描画させたものだが、この場合、そもそも計算機に与える信頼すべき基礎方程式自体がなかったし、だから、そのための理論とアルゴリズム一式を考案しなければならなかった。時間も集中力も消費したのは、正直そこだ。
スパコンの主要な応用分野の一つとしてシミュレーションがあると思うが、一般的に言って、この分野で苦労するのはモデル化であったり、モデルから実際の計算に落とし込むアルゴリズムであったりする。

速度や生産量というのは、一般の人にも理解が得られやすい指標なので、この点を中心に評価・議論されやすいが、だが、待ってほしい。
一昔前、日本は「半導体生産量世界一位」というプロバガンダを散々うったし、国民もそれに発揚されていたと思う。われわれはまだまだ naive だったのだ。このときの「半導体」は、CPU も RAM もひっくるめての生産量だ。もちろん、世界のトップ層は CPU (後には GPU も)や OS が次世代の計算機の要だ、という認識があり、裏では着々と研究リソースの再整備が行われていたと推測する。その後の計算機・ソフトウェア業界の覇権がどうなったかは、ここで言うまでもないだろう。一般国民は、騙されていたとも言えるし、間違っていたとも言えるかもしれない。ともかく、世界で戦うには、まだまだ未熟だったということだろう。

ここらへんの予算配分の問題は、もう一歩踏み込んで再考して欲しいなあと思う。

 

猪股弘明(都立松沢病院精神科)