自治体病院の限界とメンタルクリニック外来

たまに問い合わせがあるので書いておくと、この4〜6月で職環境は大幅に変化した。
まず常勤で勤めていた某自治体病院だが、いろいろと限界を感じることがあり非常勤にしてもらった。これとはまったく無関係に出身大学の某講座の客員研究員の話があったのでこれは引き受けさせてもらった。
非常勤になると外勤が自由になる。というわけでいくつかのメンタルクリニックで外来をこなしている。外来ではECTのEの字も出さずに、無難に?精神科医してます。

猪股弘明(横浜市立大客員研究員)

世界一は立派だと思うが、速さよりアルゴリズムの方が重要な時代なのでは?

日本製スパコンの計算速度が世界一になったとか。
(→その後、転落。「2位じゃダメなんですか」発言があったり、その反動として「世界トップを目指す基礎研究の意義」みたいなことが議論されたが、ここでは実際に計算機を使って何かをしている人の個人的な感想みたいなものを述べてみたい)
私は、たまに計算機を用いた物理学的なシミュレーション(数値解析)をやることがあるのだが、その目処をつける段階では正直「計算機の多少の速度差は、ほとんど意味を持たない」という実感を持っている。
アイキャッチのフィギュアは、ECT 施行時の脳内での電流密度を描画させたものだが、この場合、そもそも計算機に与える信頼すべき基礎方程式自体がなかったし、だから、そのための理論とアルゴリズム一式を考案しなければならなかった。時間も集中力も消費したのは、正直そこだ。
スパコンの主要な応用分野の一つとしてシミュレーションがあると思うが、一般的に言って、この分野で苦労するのはモデル化であったり、モデルから実際の計算に落とし込むアルゴリズムであったりする。

速度や生産量というのは、一般の人にも理解が得られやすい指標なので、この点を中心に評価・議論されやすいが、だが、待ってほしい。
一昔前、日本は「半導体生産量世界一位」というプロバガンダを散々うったし、国民もそれに発揚されていたと思う。われわれはまだまだ naive だったのだ。このときの「半導体」は、CPU も RAM もひっくるめての生産量だ。もちろん、世界のトップ層は CPU (後には GPU も)や OS が次世代の計算機の要だ、という認識があり、裏では着々と研究リソースの再整備が行われていたと推測する。その後の計算機・ソフトウェア業界の覇権がどうなったかは、ここで言うまでもないだろう。一般国民は、騙されていたとも言えるし、間違っていたとも言えるかもしれない。ともかく、世界で戦うには、まだまだ未熟だったということだろう。

ここらへんの予算配分の問題は、もう一歩踏み込んで再考して欲しいなあと思う。

 

猪股弘明(都立松沢病院精神科)

医工連携−学会出張編−

この4月に医用工学系の学会にいってきた。自分の発表をするためもあるが、工学系の研究者がどんなことをしているのか興味があったからだ。

私の発表は、数少ない医学系研究者にはそれなりに評価してもらったようだが、一般の工学系の方々には今一つうけなかったようだ。テーマ自体が精神科領域のECTということに加え、最終的な主張が「現在使われている医療機器も、手技の進歩に応じてマイナーチェンジすべきではないだろうか」というおそろしく地味なものだったせいだろう。あー、でもこの主張をひっこめるつもりはありません。

工学系の発表を眺めると…。なんか微妙。現行の装置の改良というよりは「第二のCT・MRI」を目指したネタが多かったように思う。現場をくぐりぬけた立場からいえば、なんか夢みたいな研究だなという印象。夢みたいなことをいうのはいいんだが、臨床的な感覚がないがゆえに研究自体が変な方向にいっちゃてるのもけっこうあったような・・・。

例えば、TMS。

かつては「未来のECT。しかも安全」ということでそれなりに期待されていたが、期待ほどは普及しなかった(→これは、その後、保険収載されて 2019 現在ではそこそこ普及してきたが、設置基準などの問題もあり、今でもどこでも受けられる治療法ではない)。これにはかなり納得すべき理由がある。実は「ECT vs TMS」の比較化試験は既におこなわれており、その結果は「うつ病の中等症までは効果は同等、しかし重症ではECTの圧勝」というものだったからだ。一見するとTMSも有用に見えるが、現在のところ、うつ病の治療戦略全体から考えると重要度はそれほどまで高くない。なぜならば、中等症までならば「精神療法+薬物療法、さらに環境調整」でなんとかなってしまうケースが多く、あえてTMSを持ち出す必然性が見当たらないからだ。というより、軽症〜中等症までならECTもTMSも使わずになんとかしようと思うのが普通ではないだろうか。(ただし、日本でのTMSは海外で行われているそれより成績がいいという報告もちらちらある。が、これは本邦の精神科医が熱心で、治療のために患者さんの通院頻度が上がり、さらにそのときに医師・カウンセラーとの接触が増えるので、そのためではないかと推測されている)

話が若干逸れたが、工学系の方々も臨床の、特に疫学系の論文を読んだほうがいいんではないかと思った次第だ。

 

猪股弘明(医学士・理学士)

 

医工連携−失敗から学ぶ?編−

流行の医工連携だが、メーカー側にも問題あるんじゃないかみたいなことをこの前書いた。日本の医療機器メーカーは意外に開発意欲がないみたいなことは以前から指摘されているが、その具体例みたいなものだ。これもよく指摘されていることだが、大学の研究者も「難しいことをいっている割に、役に立たない」と批判されている。これも私は実体験がある。

かつて私はECTの物理的なシミュレーションにこっていた(今でもこっているわけだが)。精神科医として駆け出しだった頃、とある日本の工学系の先生の書いた論文を見つけ、ナイーブだった私はそこで披露されたモデルにすっかり魅了された。
そのモデルは、

頭部を構成する各組織の誘電率をεiとし、ポテンシャルをφとして

εi∇・∇φ=0‥(1)

を有限要素法などでまず解いて各節点でのφを求め、次にこの結果と組織の導電率σiを用いて

j=σi∇φ‥(2)

で各要素に流れる電流密度j を求める

というものだった。従来のモデルで取り込まれていなかった誘電性を考慮し、方程式自体も正しそうだ(実際、(1)も(2)も単独であれば条件によっては正しい式だ)。なにより工学系の査読つき雑誌に載っている。というわけで、(今から考えると恥ずかしい限りだが)これは何か意味のあるモデルに違いないと思いこんでしまったのだ。
そのうち、自分で実験したりシミュレーションしたりするようになりこちらの経験値が増えてくると、このモデルが救いようもないモデルに見えてきた。すぐにわかる傷は、

① 外部から交流(でもなんでもいいのだが時間的に変化する波形)をかけた場合、人体であっても電圧と電流の位相はずれるが、このモデルでは決してずれない

② 電位勾配を誘電性がつくり、その勾配の中を電流が走る、という構成になっているため、電流保存則が成り立たない

だろう。実測と合わないのは致命的にまずい。慣れた人なら「(1)式は静電場の式なので正しいわけがない」で一発アウトだろう。冷静になってみると、誘電率を使っているくせに変位電流がでてこないとか色々と変な点があることに気がつく。「救いようがない」と書いたのはそういう意味だ。

なんでこんなことがおこってしまうのだろう? 一つには、工学というのは、分野によっては、すぐに応用が求められるため、完全に根拠を示さなくても「可能性としてあり」なら査読に通ってしまうという風潮があるからではないかと思う(そうではないまっとうな工学分野の方が大半でしょうが)。また、インパクトファクター至上主義の影響のため、外部から少々の批判があっても関係者がごり押しでとにかく掲載を目指してしまい自分の仕事を冷静に振り返ることができにくくなっているからかもしれない。

医療機器に関して国の審査基準が厳しいのではという意見は数多いが、背景状況を考えると仕方がないのではと思うところがある。もっとも現場の医師は、工学系の人を「よくわからない数式を追っかけまわしている人」くらいの認識だと思うが。けっこう健全な考え方かもしれない。

 

猪股弘明 医師:精神科 理学士:物理
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原子力と奨学金

誰も書かないのでここで書いておくと、昔(バブル期)、原子力工学関係の大学院に進むとけっこう高額な奨学金がもらえた。大学院自体の難易度がそれほど高くないうえ奨学金ももらえるとあって、けっこう心が揺れたことを覚えている。確か当時月12万の支給で、あまりの高額ぶりに学生掲示板の前でフリーズしたくらいだ。

調べてみたら、今でも残っていた。
東電記念財団 奨学金給付
もちろん、出所は東電関係。ただ、現在の支給額は月5万で分野も原子力には限定しておらず、常識的な内容となっている。

バブル期はどこも人手不足で企業のヒモ付き奨学金は多かったのだが、あれだけは突出していたと記憶している。それとも12万というのは見間違いだったんだろうか? 当時の記憶が残っている方がいたら是非とも教えてください。

(追記)東電記念財団奨学生 勉強会&飲み会 これは2003年頃のページ。かなり、有意義で健全な使われ方をしている。ただ、原子力関係の同一の研究室の院生2人が同時に採用されていたりと若干疑問なところはある。

(追記2)こういうのもあった。日本原子力工学大学院博士課程奨学生 ただし、これは博士課程のみ。