医学部受験時カースト: 男子>女子>多浪>…>再受験

東京医大の贈収賄をめぐる事件は、受験時の点数調整の問題も明るみに出され、これが「医学部の適正な男女比」や「医師にとって幸せな働き方とは何か?」といった一般的な社会的な問題を惹き起こしている感がある。

こういう議論が今までなされこなかったという側面もあり、これはこれでいいことなのではないかと思う。

ところで「医学部受験時の個人属性による差別」は医師ならばある程度は知っていることであり、逆に一般の方はまるで知らなかったのかとちょっと驚いた。

医学部受験時に不利とされるのが「女子」・「多浪生」であるが、ニュースなどであまり取り上げられていない属性として「再受験生」というのがある。他学部在学中の学生や一度大学を卒業した社会人が医学部を受ける際に使われる呼称だ。

現在では学部(以上)卒業者を対象に学士入学枠なども設定されているので、差別云々というよりは特別枠として認められていると思うが、この制度が定着する以前は「再受験生」はほぼ「悪」・受験時の差別の対象の筆頭格とみなされていた。私が医学部を受験した20年ほど前はちょうど過渡期であり、群馬大などで学士入学枠が新たに設定され始めた頃であった。(参考:『今、医学部に入学する最も簡単な方法は学士入学かもしれない』)

その当時、再受験生に対し、一般受験時の差別、つまりあからさまな点数調整があったかといえば、(大学にもよるのだが)かなりの大学で「あった」と思う。では、それが絶対であったかというとそうでもなかったように思う。

例えば、私の出身大学は、当時、「再受験に対し厳しい」・「4浪以上は絶対に取らない」とされていたが、(入学するとわかるのだが)私を含め毎年何人かの再受験生が合格していた。では、点数調整がなかったのかというと(たぶん)そんなことはなくて、私の場合でいえば「センター+筆記試験」では中位以上で合格していたはずだが、実際には補欠合格であった。

正直、不公平では?と思わないでもなかったが、「試験問題に専攻分野が出た場合、現役高校生と比べ点数取れて当然」という事情もあり、私を含めそういうものだと受け入れていた。その代わり、そういった「差別」を乗り越えてきた学生は、細かいことに拘らない何かとパワフルな学生が多かったと思う。(だから決して「たまたま医師になった」わけではありませんw )

結局、何が言いたいのかというと、受験の選抜方法というのはどんなに議論を尽くしても不公平さは残るものだし、万人が納得する完璧に公平な選抜方法というものはおそらく存在しない、だが、それを絶対とはみなさず、しぶとく生き残っているマイノリティは存在するのだ、というようなことだ。

 

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studygift 問題

パブーでマニュアル類を何冊か公開していることもあって(あれは本当にいいサービスだと思う)、創業者の家入氏の活動はそれとなく注目していた。ただ、ネット上で波紋を広げている studygift の件はかなり黒でしょう。

ネット上で見かけた意見の中では↓が私のような世代にはわかりやすかった。

 

つか、これ「赤い羽共同募金」類似の募金詐欺といっしょなんだよ。
昔はけっこうあったんだけど、今の若い人は知らないのかな?

主催者は退学になっていたことを知らないって言い張ってるけど、かなり
無理があるw
「○×牧場共同経営」とかとも似てるかな。たいてい事業なんてしないで
ドロンで、集団訴訟とかに発展するとがよくある。

まあ、今回の場合は、さっさっと返金したってことでサポーターからの
集団訴訟には発展しないだろうけどさ。そういう組織防衛はうまいな。

 

なるほど。

 

今でも、たまに再入学・再受験関係で相談メールがぽつりぽつりときたりするので、この場で書いておくと、私自身も2回目の大学(医学部)入学のときには、金策に苦労した。でも国公立なら、「学生支援機構のきぼう21」(以前の2種奨学金)+「学生寮」+「長期休暇の集中的アルバイト」でなんとかなる。

 

 

猪股弘明(精神科医)

 

医学部受験における「展開」の発見

医学部受験に関して医学部生時代に書いた文章を発掘したので、修正・加筆して掲載。


センター終わったようですね。受験者のみなさま、おつかれさまでした。私はテスト終了後の、あの心地よい疲労感が好きでした。

で、今年の結果をちらちら見聞きして気づいたのですが、今年は医学部志望者は(800 点満点で)700 点オーバーの人が多そうですね。私が受験した年は、問題が難しかったせいか、はっきりいってバラけてました。こういう速い展開だと一次重視の大学では「前残り」で決まってしまうケースが多いと思います(出遅れた古馬がいくら追い込んでも新馬の壁に阻まれてなかなかカワせない)。同様の理屈で、たいていの大学の後期も「前残り」で「ボーダーに並んだ場合どちらかといえば現役を取る」ことから「再受験不利」ではないかと思います(センターで30馬身くらいチギってたら話は別)。

どこかで、去年のデータを持ち出して、センター8割以下の人でもけっこう受かっている、という話をしていましたが、去年と今年の単純比較は、上のような理由でちょっとヤめといた方がイイと思いました。これは私見ですが、去年後期で再受験生が(しかもとんでもない位置から)けっこう受かってますが、あれは馬場が悪くペースも上がらず、結果、バラけた展開となった去年だったから、という気がします。

というわけで「今年はなるべく前期で決める」「はっきりいって後期はアテにならん」というのを頭のスミに留めておくといいと思います。

ただし、前期・後期に関わらず2次重視の大学は、あんま関係ないでしょう。好位につけていれば(今年の場合680前後か?)、ボーダーの数点など気にする必要はないと思います(それより問題との相性の方がよっぽど重要)。

ところで、大川慶二郎の競馬評論への最大の貢献は「展開」の発見であり、これは大学入試というレースにも通じるところがあると思うのだがどうだろう?

実際私はセンター初日の数1Aの試験の最中けっこう苦しかった(誰だって苦しい)のだが、「この難易度ならここを乗りきってしまえば差をつけられる」と他馬の動きを気にしていた。で、周りの受験生の表情と自分の手応えから志望大学のボーダーを予想し、例年よりボーダーが落ちるという確信のもと、二日目は、国語の選択肢の切り方を安全の方に振るなどギャンブルは避けた。試験は、もちろん自分との闘いであるが、選抜試験という意味合いでは馬場や他出走馬との兼ね合いで勝負が決まる相対的な競争である。はやくいえば、ハナ差でもゴール板にはやく飛び込めば勝ちなのである。しかも一番でなくていい。随分、泥臭い捉え方かもしれないが。


「受験前の心構え」みたいな話はよくあるのだが、テストを受けている時の心の持ちように関して述べた話はあまりなく、初出時、けっこう好評でした。

 

猪股弘明(横市大医卒 精神科医)