4月
「平和を絵に描いたような風景ですね。長閑だ。治療的でもある。こんな景色を毎日見れてたなんて、幸せだったんでしょう、先生?」
カマクララ病院にこの4月から着任した精神科医の犬飼孔明医師は、傍らに立っていた千代岡美穂医師にごく普通に心に浮かんだ感想を交えながらそう訊いた。
「ええ、そうね、来たばかりの頃は私もそう思っていた。・・・でも、今は・・・」とそう言いかけた後、さっと明るい表情を浮かべて慌ててこう付け足した。
「あ・・私は見飽きちゃったかな? えと・・なんでもそうでしょ。美味しいご飯も毎日なら飽きる。どんな美しい音楽も1日中聴いていたら退屈に思えてしまう。どんな名画のオリジナルでもカレンダーみたいに眺めてたら初めて観た時の感動も薄れてしまう」
そして最後にこう付け加えた。
「先生のタイプどストライクの美人も賞味期限は3日まで、でしょ?」
犬飼医師は苦笑せざるをえなかった。
単科精神病院であるカマクララ病院は、湘南地方の鎌倉裏山のほぼ山頂近くに立っていた。鎌倉裏山は、地域の住民は隠語的にカマクララと呼ぶことがあり、病院名もそれにちなんで名付けられた。
(続く)