どんな分野でもそうかもしれないが、論文を読んだり書いたりするときに英語の使用は必須になってきている。
私の場合、ちょっとした単語の確認は weblio 英和和英辞書でおこなっている。 “英語” の続きを読む
発作全般化仮説
では、臨床的には頻用されているECTではあるが、なぜ効くのか?となると突然話がおかしくなってくる。
今のところ、なぜ効くのか明確な理由はわかっていないからだ。
ただ、ある程度の作用メカニズムは提案されていて、その最有力候補は発作全般化仮説という。
電気的ショック
→発作焦点の生成
→発作波の成長
→発作波の伝播
→発作波収束
→生物学的プロセス(BDNFやセロトニンの分泌↑)?
→鎮静・抗うつ作用の発現
特に、発作波が脳全体に伝播することが効果発現に必須と考えられている。これはよくわかる考え方で、臨床的にもけいれんがしっかり30から60秒ほどかかるとその後の経過も良い場合が多い。
少なくとも単なる電気刺激とは違うメカニズムが働いていることは確かそうだ。
(追記)最近は「生物学的プロセス」が重要だと考えられるようになってきた。というのは電気ショック後より効果が出始めるまで一週間程度かかるから。電気的刺激だけでよくなるなら、けいれん直後より回復するはずだがそうはならない。
精神科医の弱点
ECTはもっぱら精神科医がおこなうわけだが、では精神科医がすべてこの治療法に関して詳しいかというと残念ながらそうではなくむしろ精神科医の関心は薄い。精神科医が興味を持っている治療法は―一般の人がイメージするように―やはり精神療法や薬物療法だ。
私は、これまでこの治療法の関心が薄いのは修正型が日本に普及してそんなに時間が経ってないからだと考えていたが、どうも違うようだ。導入された直後の方がどちらかといえば、熱気はあったように思う。治療効果が期待したほどではなかったので熱気が冷めてきた、ということではない。むしろ、治療の最終手段として臨床現場では確固たる地位を築いている。
最近は、精神科医にとって電気という物理的な存在を治療に使うという発想に違和感があるためではないかと思うようになった。いつだったか「この患者さんの静的なインピーダンスは高いので…(うんぬん)…」と同僚と話していたとき、さる女性研修医から「インピーダンスって何ですか?」と真顔で訊かれたことがある。不審に思って尋ねると、高校の頃、生物を選択すると物理は未履修でも医学部は受けられたらしい(今はどうだか知らないが、当時はそうだったらしい)。大学の教養でも電磁気に力を入れてないとそういうことになってしまうらしい。確かに医学部の専門課程でインピーダンスって言葉は出てこなかったよなあ…。
むしろ患者さんの方がこの治療法に対して勉強熱心だ。躁うつ病でエンジニアなんて方は、精神科医よりも電気に関して詳しいから、ECTに関していろいろ訊いてくる。このブログを始めたのもそれがきっかけになっている。
時間もないのでエッセイ風にまとめると、ECTは精神科医にとって武器であると同時に弱点でもある、ということになろうか。あまり面白くないオチではあるが。
猪股弘明(精神科医)
※…ECTに関して詳しい精神科医であるかどうか見分けるにはこの質問がおすすめかもしれない。それは「ECTに使うパルス波って、電圧が方形波ってことですか? 電流がパルス状ってことですか?」というものだ。答えは、電流の方。電流が四角いパルス状に変化するよう電圧を制御している。現在、日本で使用されているECTの装置は、サイン波は定電圧サイン波、パルス波は定電流パルス波をそれぞれ出力する。
ECTの施行形態
そろそろ細かいところにはいっていきます。
現代に復活したECTであるが、それなりの歴史を有しているため実施形態も単一ではない。ポイントは
・原法と修正型
・サイン波とパルス波
の違いを把握しておくこと。たまに「サイン波=原法、パルス波=修正型」と勘違いしている人がいる。
◎原法と修正型
ECTが敬遠されてきた理由の一つに「けいれんによる強い筋収縮のため骨折などの副作用がおこる」というのがある。これを防ぐには予め筋弛緩剤を投与、全身性のけいれんがおこらないようにすればいい。というわけで筋弛緩をかけた状態でECTを施行する修正型電気けいれん療法(m-ECT)が生まれた(また、意識が覚醒しているのに体も動かせずに頭部に通電されるというのは恐怖以外の何者でもないので、麻酔薬を使って意識レベルも低下させる)。この経緯から、従来の筋弛緩をかけない方法を原法と呼ぶようになった。
◎サイン波とパルス波
ECT成立当時、簡便さから家庭用交流電圧をスライダックで降圧して使っていた(というが、もちろん見たことはない)。従ってこのときの電気波形は、50 ないしは 60Hz の定電圧サイン波のみとなる。しかし、サイン波ではけいれんを引き起こす閾値までの電気刺激が無効となってしまうため、信号が鋭く立ち上がる方形波(パルス波)が使われるようになった。現在、パルス波の方が主流となっている。
一つは筋弛緩をかけるかどうか、もう一つは刺激波形として何を使うかということであり、両者は本質的に違う次元の話である。理屈の上では 2×2=4 の4種類の実施形態があることになる。
つまり
1. 修正型 パルス波
2. 修正型 サイン波
3. 原法 パルス波
4. 原法 サイン波
の4通り。
このうち 3 の原法×パルス波はまずおこなわれないが、2. の修正型×サイン波は臨床上使われることがあった(modified sine wave ECT などという)。これは、パルス波ではけいれんが誘発されない場合、サイン波に切り替えるとけいれんが誘発されることが多いという臨床的事実に基づき、けいれん閾値が高い人に施行されていたからである。
だが、2010年代に入って、パルス波の電気的なパラメータ(パルス幅・刺激時間・周波数)を調節することで、けいれん誘発困難例でもけいれんを誘発させることができることが次第にわかるようになってきた。現在(2020)はサイン波は「不要」と考えられている。
猪股弘明(精神科医師)
ECT とは?
現在のところ精神科医としてはECTが研究テーマなのでこのお話をします。
ECTとは ElectroConvulsive Therapy の略で、日本語では電気けいれん療法と呼ばれている。
もともとは、「てんかん患者は統合失調症になりにくい」という経験論に基づいて発想された治療法(が、その後、この考え方は否定されている)。
人間の頭部に電気を通電するとけいれんが誘発されるが、けいれん誘発後しばらくするとうつがよくなったり、精神運動興奮がおさまったりする。
治療目的のみで使われているなら問題はなかったのだが、米国でも日本でも精神障害者の懲罰目的で使われていた精神医療の黒歴史とも言える時代が一時期あり、その反省から長らくその使用がタブー視されていた。
『カッコーの巣の上で』でジャックニコルソンがかけられていたので、それを通じてここら辺の経緯をご存知の方もいるかもしれません。
ところが適正に使用されれば、抗うつ薬や抗精神病薬より効果があることがわかりはじめ、近年は再評価され標準的な治療法に組み込まれている。
猪股弘明(精神科医)