精神科医の物理概念の理解がひどすぎると思った件

以前にも述べたのだが、大概の精神科医は物理・数学などの定量的な学問を苦手としている。

具体的には

たまに「電位」と「電流」をごっちゃにしている人がいるレベルw

さすがにそこまでの人は滅多にいないんだが、電磁誘導あたりまでくるとかなりアヤしい。

そして電磁誘導は TMS や MST の原理の基礎となっていたりするから厄介だ。
おぼつかない理解で施行するのは患者さんにとって迷惑でしかない

よく電磁誘導は「磁束が時間的に変動する環境に置かれた導体に電位差(電圧)を生じる現象」と説明されているが(wiki でもこう解説されている)、別に電磁誘導が起こるのは「導体」に限らないはずだ。
導体に限られていたらどうやって宇宙空間で電波を使って通信できるんだろう?
正しくは、以下のような感じじゃないかと思う。


Maxwellの方程式のうち、微分形のファラディー-マクスウェルの式は以下の通り。

∇ x E = -∂B/∂S

ここで、空間内にある面Sを考え、その外周をCとしたとき、上式の両辺をS上で面積分する・・云々とすると

V(いわゆる電磁誘導による起電力)= -d(BS)/dt(磁束の時間変化)

という式が出てくる。
これは
「透磁率が定義できる空間であれば、BS が時間的に変化した場合、起電力が生じる。その大きさはBS(磁束)の時間変化に等しい」
ということを意味している。

注意すべきは、この誘導過程で「導体」などという概念は一つも出てきていないことだ。

現在存在する宇宙(およびそれが従う物理法則)で透磁率が定義できない空間は考えにくいのでこれは空間のほとんど至る所で成立する基本法則なのだと理解されていると思う。
(よく物理プロパーの人が、「真空」と「何もない状態」は違う、と禅問答のようなことをいうのはこれが理由でしょう。真空中でも透磁性や誘電性はあるので)

だがら、電磁誘導が起こるのは「導体」に限った話ではない。


さらに困ったことに、生体組織は通常「誘電体」に分類されるので、人によっては「誘電性が強い生体でなんで電磁誘導によって電流が発生するのか???」と混乱してしまうと思う。

また、最近の医学部では学士入学者が増えてるから、そういう人からすれば、まったく物理的なトレーニングを受けてもいない医師から(ニューロモジュレーション界隈が多い)この手の変な解説されたりすると「なんで、こんな基本的理解もできてないやつから、レクチャー受けなきゃならんの?」とモチベーションだだ下がりになる。

この問題は「それなりの専門性を有する学士入学者をどう活用するか?」という話にも繋がるのかもしれないが、そこまで話を広げなくても、そういう状況なのだから、少なくともレクチャーする側にはそれなりの準備をしてこなければまずいんじゃないかと思う。

 

猪股弘明
精神科医(精神保健指定医)

 

 

ECT と電磁気学

マニアックなネタですが、関係者からは好評価だったようなので、こちらでも。

猪股弘明
医師(精神科:精神保健指定医)
理学士(物理)

物理を「使う」 -高校物理ローレンツ力から反粒子・パリティ保存則・PETなどまで –

ちょっと前に某所で教科書に掲載されている以下の図の荷電粒子の回転方向は反対ではないか?とえらくこだわっている人がいて違和感を持った。


違和感を感じたのは、以下のような理由で私からしたら「どっちだっていい」と思ったからだ。

静磁場 B の中で、速度 v で移動する電荷 q の粒子は高校物理でも出てくるように以下のようなローレンツ力が働く。

F = q ( v x B )

だから、q の正負によってローレンツ力の向きは正反対になる。

この教科書の図は q<0 の場合。
q>0 の時には確かに正しくない。らせん運動をするのだが、その回転方向は逆になる。

でも、ある程度、物理的センスのある人だったら、注目するのはそこではなく「質量が同一で電荷が正反対なら運動エネルギーは一緒になる(回転半径は変わらない)」点だと思う(おそらく出題意図もそれ)。

これは何を意味しているかというと「仮に反粒子(質量は同一で電荷が逆)があれば、磁場に置かれた時にその回転方向から両者は識別できる」ということだ。
実際、電子 e- の反粒子である陽電子 e+ はこのような経緯で発見されている。
陽電子の存在を予言したディラックも凄いが(SFでこのネタはよく出てきますね、ホント)、実験的に検証したアンダーソンたちも凄いですね。

医療関係者ならば、電子-陽電子対消滅は PET でお馴染み(PET の原理考えた人も相当凄い)。
(PET って何ぞや?って人は『わかりやすいPETの話』なぞを参照のほどを)

さらにセンスのある人だったら「ローレンツ力は右手系でも左手系でも同じように振る舞う(パリティが保存されている)」あたりまで推測するのではないかと思う。
(より踏み込んだ議論は『電磁気学とパリティ』などをご参考に)

ここらへんまでくると私も数式的には追いかけられないのだが、一本の数式からでも色んなことが語れるものだなと思います。

高校の物理の先生もこんな感じの話をしてくれたら、物理離れは止まるような気もするのだが、そう思うのは私だけかな。

 

猪股弘明(精神科医, 理学士)

Apple Watch と血糖測定とラマン散乱

世間的には、Apple Watch に心電図測定機能と不整脈お知らせ機能がついたと盛り上がってます。
いいなあ。

ところで、7 より血糖値測定もできるようになる。
ここで測定原理としてラマン散乱というものが使われるらしい。
こういうもの(↓)らしいです。

論文見つけた。
さらっと読む。

猪股弘明
医師, 理学士(物理)

「物理屋」さん

以前からたびたび触れているように MRI では、スピンが測定原理の中心にデンと居座っているため、医療者であっても何らかの理解は必要だ。

私も「高校で習う物理からの類推+歴史的な導入背景の把握」でこの概念を理解した方がいいのでは?みたいなことを提案した。(こことかこことか)
だが、これには限界があることも知っている。ニュートリノという素粒子では、奇妙なことに電荷がなくてもスピンがあることが知られているからだ。
実用的には、どのようなプロセスで理解していってもかまわないと思うのだが、最終的には「スピンとは、素粒子の基本的属性の一つであり、古典的には理解し難いが、その振る舞いを予測する理論も存在する。自然はそういう風につくられている」と受けとめるしかないと思う。
物理学では、こういった概念が多い。われわれが人間として日常的に経験している現象の延長では決して正確にイメージできないが、いくつかの実証的な実験結果と理論(数式)から、その振る舞いを予測したり、実在性を確信したりするしかない類の概念だ。

ところで、常日頃から、このような概念を頭の中で飼っていて、それらを用いてあーだこーだと思考を巡らせている集団がいる。俗っぽくは「物理屋」さんと言う。大学では、理学系の物理学科というところに集中して棲息している。

本人たちは大真面目にやっているのだが、傍目からは奇妙なものに映るようだ。目に見えないものを対象にしている場合が多いから、頭の中のイメージを共有するような感じで議論を進めたりする。よく他学部の人からは「目隠し将棋でもしてるんですか?」とからかわれたりもする。

だが、このような抽象的・論理的な思考様態は、それなりに有効なようで、他の領域に移っても結果を出すことがある。クリックによる DNA の二重らせん構造の発見などは、その最たる例だろう。

物理的な計測をやっている人ならけっこう同意してもらえるんではないかと。

「二重らせん」を読み返す

あたりがイイ線ついていると思う。

 

猪股弘明(精神科医、理学士)