抗うつ薬併用療法に関して

うつ病に対してカリフォルニアロケットという投薬方法がある。この分野で頑張っているのはストール先生のほかには、Pierre Blier という人。 Am J Psychiatry は眼を通すようにしているが(最近はちょっと…)この人の論文はよく見かける。

例えば

Combination of Antidepressant Medications From Treatment Initiation for Major Depressive Disorder: A Double-Blind Randomized Study. Pierre Blier et al, 2009

決定的なのはこの図でしょう。

Pierre Blier 2009 figure

面白いのは、 Fluoxetine 単剤よりも

1.他の3つの併用療法の方がすべて効果が上回っている

2.併用療法間には効果に大きな違いはない

というところでしょうか。狭義のカリフォルニアロケットは Venlafaxine (SNRI 日本未承認) + Mirtazapine ですが、フルオキセチンやブプロピオンでも代用可能というようにも読み取れます(どちらも日本では使えませんが)。

私はたまに SSRI + 少量の三環系・四環系 という処方をすることがありますが、(今まで意識していませんでしたが)発想にはこういった記事の影響があったかなと思います。

猪股弘明(精神科医)

 

 

サイマトロンの設定と RCT 神話

ここ数年精神科臨床で主に取り組んできたことは ECT (ElectroConvulsive Therapy 電気けいれん療法) に関することだが、簡単に言えば施行条件を変えることで効果に違いが出てくるのでそれに留意して施行しましょうということになる。
もっとも簡単に変えられる条件は

(A)電極の置き位置
(B)パルス波形

だ。もともとこれらはアメリカの Randomized Contorl Trial (RCT 日本では二重盲検試験などと訳される) の結果に基づくもので、最初にこういうことをやった人は偉いと思う(特に(A)を最初に発見した Bailine さんの発想は凄いですね。 彼の治療を受けられた NY の人たちは幸運だと思う)。
ところがこの貴重な RCT の結果の受けとめ方が、日本とアメリカでは異なってきている。日本ではどちらかいうと「これこれというエビデンスがあるから、この患者さんにはこういう条件で施行しよう」と患者さん個々を指向した最適化の方向に向かっているの対し、アメリカでは個体差なぞ目もくれず「かくかくのエビデンスがあるから、すべての患者さんにこれ!」といったかなり思い切った一般化の方向に向かっている。さすが正義とガイドラインの国。
私なんぞは前者寄りもいいところで、一時期は患者さんごとにすべてサイマトロン(という ECT で使う電気刺激装置)の条件を変えて施行していた(標準的な手法ではけいれんすらおきない患者さんが多かったせいもある)。
具体的にいこう。例えば、最近は(B)の中でもパルス幅の設定に注目が集まっているが、従来の1.0msに比べ0.25msのパルス幅が治療効果の上でも副作用の面でも有利であるというのが RCT の結果である。アメリカでは「だからすべての患者に0.25や0.3msのパルス幅で施行しよう」という流れになっている。
とんでもない話だ。
現場にでてみればわかるが、0.25msではけいれんすらおきない患者さんはかなりいる。デフォルトの0.5msでけれいんがおきなかった場合、むしろ1.0や1.5msでしかかからない患者さんの方が多い。
これはガラパリの自然放射能のときにもいったことだが、バイアスの評価をしっかりしないと間違った解釈をしてしまう。ultrabrief pulse(パルス幅 0.1-0.5msのパルスを彼らはこう呼んでいる)を提唱している連中の頭の中は、きっと最適パルス幅は分散 0 でデルタ関数のようにultrabrief の領域に屹立していると思い込んでるのだろう。こんな風に

が、これはありえそうもない話だ。最頻値はこの領域にあるにしてもたいていのデータというものはこの値を中心にある程度の分散で分布してるものだ。基礎的な研究はかなりはっきりこういったことを示している。

統計的な処理をすれば、はずれ値というものは埋没するが、実際の臨床現場で治療に難渋するのはこういったはずれ値を持つ難治の患者さんだ。だから、こういった患者さんに対しては、ガイドライン的な治療をそのまま適用したのでは効果が出ないことが多い。治療が難しい患者さんには病態を理解しそれに適した対応を考えるというのが自然だし、治療効果も高いであろう。そういった意味では、日本の医師たちは頑張っているように思う。
少なくとも「RCT の結果があるから治療法はこれのみが正しい」といったおかしな RCT神話は捨てた方がいいのではないかと思う。とりわけ患者さんの個人差が大きい(と思われる)精神科領域では。

猪股弘明(精神科医)

 

エンドポイント

原発関係の記事を書くとアクセス数が増えるのだが、最近は「ブラジル・ガラパリ」の検索で訪れる人が多いようだ。
前の記事では、内部被曝や環境放射線の健康に対する影響を評価するには今まで得られた疫学データだけでは不十分ではないかと指摘したかった。例えば、今、「健康」という言葉を使ったが、これまで行われた疫学調査では「健康」の指標として「癌の発生率」だとか「平均余命」だとか「流産の割合」を設定している(エンドポイントなどという)。最も重要な事項をエンドポイントに設定するのは当然だが、これが「健康」全体の指標となるかといえばかなり疑問だ。
前回、紹介した疫学調査は「これら高自然放射線地域の住民の末梢血リンパ球染色体異常は対照地域と比べて増えていた。しかし、健康への影響は認められなかった」などとあたかも健康全般への影響がないかのようにアナウンスされているが、実際のエンドポイントは「先天性異常」、「流産」など妊娠・出産に関する事項のみである。「抹消血リンパ球に染色体異常があるのだから、免疫能が落ちている、例えば、ある種の感染症にかかりやすいのではないか」ということに関しては何も教えてくれない。「何となく体調が悪い」とか「倦怠感がする」といったことももちろんエンドポイントとしては設定されていない。結論を過度に一般化しているといえば言いすぎか。
これらのエビデンスに基づいて「ただちに健康に影響はない」といったりするのは、ちょっとどうかと思う。少なくとも私は体調を崩したくないので被曝はしたくない。可能な限り避けたいと思っている。

ブラジル・ガラパリと研究デザイン

ビタミン飲料業界におけるレモン並みに「自然高放射線地域」として引き合いに出されるブラジル・ガラパリ地方であるが、その健康への影響を調べた資料がネット上で手に入る。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-07-03

話は一見するとわかりやすい。

A「ガラパリの住民202人とその対照地域の住民147人についての調査結果によると、(抹消血リンパ球の)染色体異常(欠失、2動原体、リング)の頻度はガラパリと対照地域とでは有意に異なっており、検査細胞数中の染色体異常の割合(%)は対照地域の0.98%に対して1.30%とガラパリの方が高くなっている」

B「しかしながら、エスピリト・サント州の夫婦8000組とその妊娠終結(生・死・流産)44,000回について、産児の性比、先天性異常、流産、死産、乳児死亡、生殖能(受胎率、出産率)を調べた結果によると、対照群と比較して、「良い」影響も「悪い」影響も認められなかった」

ということで、C「染色体異常は生じるが、妊娠出産に関しては問題なし」と解釈できそうだが、たぶんそういう結論にはならない。

なぜなら、A と B では母集団が違うから。(なお、ガラパリはエスピリト・サント州にある)

C をいうためには染色体異常を調べたガラパリの集団の夫婦と妊娠終結を調べなくてはならないはずだが、どういうわけかこの研究デザインでは妊娠出産に関しては母集団を広げてしまっている。私の感覚ではこれはおかしい。例えとしては不完全だが「××川周辺では確かに水俣病類似の症状を示す患者が有意に多いが、××川のある○○県全体と他の地域では差はない。だから、××川周辺は安全だ」っていってるようなもんでしょ。特定の「濃い」地域を全体に還元しちゃえば、そりゃ薄まるよね。あと、便宜的に「妊娠出産」と書いたが、実は妊娠に関しては、このデータは何もいってない。妊娠終結44,000回がデータだから、妊娠のしやすさなんてことはこのデータからはわからない。

つっこみどころ満載のこの研究デザインであるが、C が仮にいえたにしても D「だからガラパリ程度に放射線量が上がっても健康(少なくとも出産に関しては)には被害はない」とはいえないはずだ。

この手の研究は統計的な均質性、つまり比較対象には質的な差はないという前提から出発しているが、実際のデータはバイアスがつきものでこれを評価する必要がある。すぐに思いつくのは「ガラパリでは長年に渡る放射線被曝の影響を低減するために既に選択圧がかかっており、放射線耐性を持った個体(例えばDNA修復を助ける特定の酵素の活性が高い個体)が有意に多い」というもの。

このバイアスの影響を打ち消すためには「他地域に住む人をガラパリに連れていき、その集団とネイティブのガラパリの人たちと比較する」ことが一案だが、しかしこれは福島で今おこっていることに限りなく近い。

一部の識者から「避難指示の範囲を拡大しないのは人体実験をしているようなもの」という指摘があるが、それは以上のような理由からだろう。